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レスリング五輪出場権を巡る残酷さ。
太田忍の初戦敗退に後輩選手は……。
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph byKyodo News
posted2019/12/25 18:00
まさかの初戦敗退を喫した太田忍(下)。レスリング五輪出場権を巡る戦いは非常に厳しい。
太田にとって全て想定外の出来事。
「ああ、こんな終わり方もするんだなと思いました」
練習では井ノ口に1ポイントもとられたことがないと記憶している。レスリングは子供の頃からやっているが、初戦で敗退した記憶もない。太田にとっては全てが想定外の出来事だった。
「気を抜いていたというか、普通にやれば勝てるだろうと思っていました。負ける要素がない相手だったので、自分がちゃんとできなかったから負けたというしかない」
大一番を控え、試合前は平常心でいられたかといえば、そうではないところもあったという。試合後、太田は複雑な心・技・体を打ち明けた。
「まわりは『緊張している』と言っていたけど、実際心はリラックスしていたと思う。その一方で体は緊張していたのか、一睡もしないで朝を迎えた。睡眠は当日計量が終わってから試合まで2時間くらいとったという感じ。試合前、一睡もできなかったというのは初めてのことだった」
ただ、その一方で太田は67kg級で挑戦したことに後悔はないとも打ち明けた。
「僕は東京オリンピックでの金を目指して、この階級に変えた。今回も間違いなく優勝すると思っていた。この試合についての後悔はあるけど、階級を変更したという選択に対するそれは全くない」
「本音を言えば先輩と試合は……」
結局、グレコ67kg級は準々決勝で井ノ口を破った高橋が優勝した。寮では同室で太田は一番世話になった先輩だというが、勝負の世界に私情を持ち込むことは禁物だ。
太田との一戦を覚悟していた高橋は太田が負けた時点で、ガッツポーズをした。
「やってやろうという気持ちもあったけど、本音をいえば太田先輩と試合はしたくなかったので」(高橋)
今後について聞かれると、太田は気持ちの整理がつかないと漏らした。
「まだ何も考えられない」
4年に一度のオリンピックで金メダルを目指す努力と汗の結晶はこのうえもなく美しい。そして、このうえもなく残酷だ。