第96回箱根駅伝(2020)BACK NUMBER
[平成ランナーズ playback vol.3]
佐藤悠基「天才ランナーが見せた“空前絶後”の新記録」
posted2019/11/28 11:00
text by
別府響(文藝春秋)Hibiki Beppu
photograph by
Yomiuri/AFLO
「空前絶後の区間新記録!」
日本テレビの新谷保志アナウンサーの絶叫とともに、東海大学のスカイブルーのユニフォームが2 区の走者にたすきをわたす。
歯を食いしばりながらも、最後にサングラス越しに見えた表情は、笑顔だった。
タイムは、1時間1分6秒。
13年間破られなかった渡辺康幸の記録を7秒上回る、区間新記録だ。
先頭が走り抜けた後の鶴見中継所には、後続の姿はいつまでたっても見えてこなかった――。
2007年の第83回箱根駅伝。
東海大の佐藤悠基の激走は、まさに“空前”にして“絶後”の表現にふさわしいものだった。
「痙攣がなければ1時間1分は切れた」
号砲後、わずか1kmで後続集団を振り切ると、佐藤は一人旅をはじめた。序盤から区間記録を上回るペースで走り続ける。唯一、ついて行った東洋大学の大西智也も2kmを過ぎたあたりで追走をあきらめた。
ただ、独走の中ハイペースで押し切るというのは相当の力が要る。いくら当時、学生界で傑出した記録を持っていた佐藤と言えど、まだ2年生。きっとどこかでペースが落ちてくるはず――多くの関係者はそう考えていた。おそらく一緒に走っていた選手たちも、そう思ったからこそついて行かなかったのだろう。
ところが、佐藤の快調なリズムは全く変わらない。18km過ぎの六郷橋付近では両足が痙攣に見舞われたものの、それでもなおペースはほとんど落ちない。
結局、最後まで独走を完遂した佐藤が鶴見に飛び込んでから、2位の東洋大がやってくるまでは、実に4分を超える時間が過ぎていた。
「13km過ぎに一度足が痙攣して、その後は脚がつる一歩手前で力をセーブするような走りになってしまいました。18km過ぎにも一気に痙攣がきて……その時は本当に止まりそうになりました。痙攣がなければ1時間1分は切れたと思います」
レース後、本人がそう振り返ったように、これだけの差をつけてもなお、会心の走りではなかったというところに佐藤という選手の凄みがある。