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山岳レースをラグビーのように。
世界王者・上田瑠偉が描く未来図。
posted2019/11/14 07:05
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph by
Sho Fujimaki
久しぶりに会った上田瑠偉は、世界一のオーラを静かに身に纏っていた。世界チャンピオンの実感は湧いてきたのだろうか?
「正直、まだないんですよね(笑)。でもゴールした後、この競技を続けてきて、こんなに泣いたことはないというくらい泣いたんです、嬉しくて。いつもは悔し泣きしかしたことがないのに。号泣でした」
この日は、スカイランナーワールドシリーズで年間王者を手にしたイタリアでのレース、『リモーネ・スカイマスターズ』を終えてから、わずか4日後。レースの興奮が彼の中でまだ燻っているようにも見えた。
登りで仕掛けて、貯金で下りを走る。
上田にとって先シーズンと今シーズンは、決して順風満帆とはいえなかった。昨年7月に膝前十字靱帯損傷の大怪我をし、秋から初冬にかけては治療とリハビリに専念していた。
国内の大会で体を慣らした後、本格的に復帰したのは今年4月、ワールドシリーズの開幕戦として開催された『粟ヶ岳スカイレース』(新潟県三条市)だった。世界の実力ある選手たちが来日したその大会で、上田は同シリーズ戦において初めての優勝を手にする。
「今回と同じような競り合いでした。登りでトップに出た後に下りで追い抜かれ、なんとか粘って、ゴール手前のロードで抜き返して9秒差で優勝したんです。この経験が大きな自信になりました。
登りで仕掛けて下りはその貯金で走るという自分の勝ちパターンが見えてきて、6月のリビーニョ・スカイマラソンでも優勝することができました」
しかし、コンディションの浮き沈みは激しかった。当初はシリーズ16戦のうち7戦に出場する予定でいたが、体調不良によるリタイア1回、膝の違和感による欠場1回を経験する。
膝を回復させるためにたっぷりと休養をとった後、9月はトラック練習に力を入れ、最終戦に備えた。佐久長聖高校時代に度重なる怪我で泣かされてきた上田は、距離を踏みすぎないことを信条にしている。通常は月間走行距離300kmほどだが、この月は珍しく400kmに達した。