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敵地でいじられ、死球でもなごむ。
日本ハム杉谷拳士が愛される理由。 

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高山通史

高山通史Michifumi Takayama

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photograph byKyodo News

posted2019/09/18 20:00

敵地でいじられ、死球でもなごむ。日本ハム杉谷拳士が愛される理由。<Number Web> photograph by Kyodo News

本塁打を放ってベンチに戻っても、チームメイトに“無視”されてしまう杉谷拳士。ファンはそんな姿を見るのも楽しい。

オフはテレビに引っ張りだこ。

 価値観は、個々で異なる。それぞれの感性、視点、思考によっては、それらパフォーマンスを含めて、良くは思わない人たちも存在はするだろう。野球に携わる方々と、杉谷選手に関して意見交換をすることもあるが「肯定」だけではなく「否定」も、事実ある。圧倒的なレギュラーでもないのに本筋のプレー以外で……、などが「否定」の方々が語る時の枕詞になることが多い。

 ただ反面、多数決をとれば「肯定」の割合が勝るのも、また喜ばしい事実でもある。

 プロ11年目。一時的には経験があるが、シーズンを通しては1度もレギュラーに定着したことはない。杉谷選手には失礼ではあるが、それでも他球団の同格の選手よりも全国的な知名度は高いだろう。オフには在京キー局も含め、テレビ番組出演のオファーが多数ある。そこでもウィットに富んだトークも含めたハイパフォーマンスで、自身の存在価値を高めてきた。

 なぜ支持されるのか――。その根源は、バックボーンにあると考える。

目に留まった全力プレー。

 初めて、その姿を目にしたのは11年前の秋だった。

 日本一に輝いた2006年、そして2007年とパ・リーグを連覇していた。その翌年の2008年、北海道日本ハムファイターズとして軌道に乗り始めている時だった。

 ファイターズ鎌ケ谷スタジアムで行われていた入団テストに、杉谷選手は参加していた。名門の帝京高校の絶対的な主力で、甲子園でも活躍していた。高校野球界では、名の通った球児ではあった。当時、私は前職のスポーツ紙の記者として、入団テストをチェックしていた。小さな体で、全力プレーでアピールしていた。そこは、印象的だった。

 ちなみに、そのテストで目に留まったもう1人が、現在は中日ドラゴンズに在籍している谷元圭介投手だった。実戦形式で、即戦力投手として「隠し玉」となりそうな抜群のパフォーマンスを見せていた。ただ、杉谷選手はそれほど目立っていなかったと、記憶をしている。

 体のサイズも小さく、非力さは否めなかった。

【次ページ】 取り組む姿勢、練習量は秀でていた。

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