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<平成のホームラン王>
アニキが476本から選んだ「俺ベスト」。

posted2019/06/26 15:00

 
<平成のホームラン王>アニキが476本から選んだ「俺ベスト」。<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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Kiichi Matsumoto

平成の31年間で最も多くの本塁打を放ったのは、「アニキ」こと金本知憲だった。その数、476本。ファンの記憶に残るアーチを数えればキリがないが、本人も認める一発とはどんなホームランなのか。珠玉の3本を挙げてもらい、その哲学に迫った。(Number980号掲載)

 太い。厚い。シャツの上からでも二の腕や肩や胸まわりが隆起していることがわかり、それがあの頃と変わらず“鋼鉄製”であることをうかがわせる。

「バットが重いわ(笑)」

 ご冗談を――。巷のうわさでは現役引退後も呼吸するのと同じレベルで筋トレを続けているというではないですか。

 バットを置いて7年が経つが、相変わらずこの人は鉄人であり、アニキだった。

 その姿に、あのカタルシスがよみがえる。浜風を切り裂く低弾道に、燃え上がる黄色いスタンド、光り輝く甲子園の夜はたしかに金本知憲の本塁打とともにあった。

 平成のホームラン王が放った476本。その中で、おそらく阪神ファンの誰もが知っているだろうホームランがある。

 2003年の日本シリーズ。18年ぶりのリーグ優勝を果たした猛虎は王貞治監督率いるダイエーと激突した。1勝2敗で迎えた本拠地での第4戦、延長10回裏。1死ランナーなしで打席に立った金本が新垣渚のスライダーをとらえると、打球は熱狂がうねるライトスタンドへ一直線に吸い込まれた。シリーズ後に退任することが決まっていた故・星野仙一監督がベンチを飛び出し、目を潤ませ、灼熱の抱擁を交わした。

 おそらく甲子園が史上最高温度を記録した瞬間だったのではないか。

 ただ、劇場のようなスタジアムのまっただ中にいた当の本人は、観る側とはまったく異なるとらえ方をしていた。

「これは番外編かな。サヨナラ勝ちだからドラマチックではあるし、甲子園が最高に沸いたのは印象にあるけど、個人としてのストーリーがないというか……。ランナーがいないし、まだ同点なんやから、崖っぷちではないやん」

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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