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ペブルビーチに響いた「USA!」
ウッドランドの全米OP制覇の意味。
posted2019/06/17 17:30
text by
舩越園子Sonoko Funakoshi
photograph by
AFLO
今年の全米オープンを制し、メジャー初制覇を達成したゲーリー・ウッドランドに、ペブルビーチの大観衆は「USA! USA!」「ゲーリー! ゲーリー!」と連呼しながら賞賛の声を上げていた。
ウッドランドは35歳の米国人。これまですでに米ツアー3勝の実績を持ち合わせてはいたが、メジャーの大舞台で大観衆から拍手喝采を浴びながら勝利の喜びを噛み締めたのは初めてだった。
米国・中西部のカンザス州で生まれ育ち、地元の大学へ進んだウッドランドは、いわゆる「生来のスター」ではなかった。それどころか、バスケットボールに夢中だった少年時代、ジュニア時代のウッドランドは、米国のどこにでもいる典型的なフツーのアメリカンキッズだった。
ゴルフに転向したのはカンザス大学に編入した2004年からだった。瞬く間に腕を上げ、数々のカレッジ・タイトルを手に入れたが、2007年のプロ転向後は、草の根のミニツアーや下部ツアーを転戦する典型的な「売れないプロゴルファー」だった。
2008年秋、運命的なローズとの出会い。
そんなウッドランドがメジャー・チャンピオンに輝くまでの道程は、もちろん山あり谷ありだったが、その途上で彼はいくつかの授かりものに恵まれた。
最初の授かりものを得たのは2008年の秋だった。当時は米ツアーへの登竜門として3段階に及ぶQスクール(予選会)が行われており、ウッドランドは1次予選、2次予選を通過して、6日間に及ぶ熾烈な最終予選に挑もうとしていた。
ある日、フロリダ州オーランドの名門レイク・ノナでウッドランドが練習していたら、同クラブのメンバーの1人が声をかけてきたという。
「驚いたことに、その人は、ジャスティン・ローズだった」
かつて天才ゴルフ少年として17歳で全英オープンにデビューし、世界を沸かせた英国人のローズは、プロ転向後は予選落ち続きに陥り、当時は米ツアー初優勝を目指して必死に奮闘していたころだった。
「僕がこれからQスクールを受けると言ったら、ジャスティンはいろいろアドバイスをしてくれた」