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バスケ育成年代の指導者が考える、
10代アスリートへの理想の指導とは。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byKiichi Matsumoto
posted2019/06/10 08:00
バスケットボールの育成年代指導に熱を入れる萩原美樹子(左)と鈴木良和。
「指導者を受容したくなる準備を」
ただ、スポーツの指導者は選手の人事権を握っており、「すべての対人関係を『横の関係』とすること」は難しい。ここにアドラー心理学のスポーツへの応用という面での落とし穴がある。2020年の先を見越した選手との関係構築について、鈴木さんは新しいアプローチを提唱する。
「私は大学時代、ルーマンの教育人間論に影響を受けました。ルーマンは教師と生徒の関係性には、生徒側から見て『受容』『部分的受容』『無視』『拒絶』といった形態があると分析しています。
長い間日本の常識は、選手たちが指導者を全面的に受容することが前提でした。どんなことをされても選手たちは、受け入れなければならない。その文脈で体罰も発生したのでしょう。必要なのは、選手たちが指導者を受容したくなる準備をコーチがすることです」
鈴木さんのコーチング手法は興味深い。視覚の重要性を伝えるために、ロンドン交通局のCMをタブレットで選手に見せたりする(人間は意識しないと簡単に物体を見落とすという映像。“Moonwalking Bear”で検索すると出てくる)。
スペインは緻密でなおかつ奔放。
世界中から多くの情報を収集し、その中から10代の選手たちに効果的な手法を提示していくのだ。その文脈でいくと、ヨーロッパには刺激を受けることが多いという。
「僕がこれまで現地に行って見てきた範囲での感覚ですが、ドイツは理論的で、反対にイタリアは自由放任。ただ、これは否定しているのではなく、イタリアでは『指導者の仕事は選手の課題を解決することではなく、課題を与えること』という考えが浸透しています。バランスがいいのはスペイン。緻密でなおかつ奔放ですね」
実は、萩原さんがスペインの視察に行った時には、こんな光景を目撃したという。
「小学生から中学生にかけてのクラブの試合では、スコアが表示されません。びっくりしました。勝敗は度外視で、個人のスキルを伸ばすことに主眼が置かれていました」
世界は広い。鈴木さんはいう。
「課題の分離を突き詰めていくと、選手の『セルフ・ディスカバリー』を促すことにつながる気がします。コーチが導く発見ではなく、選手たちが課題を自ら解決する力を育てる。2020年の先は、そうした選手が増えることが大切だと思います」
(Number925号『[コーチングの現場から]10代と向き合うために大人たちができること』より)