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<631試合出場守護神の視点>
楢崎正剛が明かす、恐るべき点取り屋たち。

posted2019/03/07 15:00

 
<631試合出場守護神の視点>楢崎正剛が明かす、恐るべき点取り屋たち。<Number Web> photograph by Shigeki Yamamoto

ジュニーニョは1977年9月15日、ブラジル生まれ。'03年に川崎Fに加入し、'07年には史上2人目となるJ1・J2双方での得点王に輝いた。'12年からは鹿島で活躍した。J1通算116得点、J2通算65得点。

text by

西川結城

西川結城Yuki Nishikawa

PROFILE

photograph by

Shigeki Yamamoto

 ストライカーのことは、守護神に訊け――。
 J1最多出場記録を持つ楢崎正剛氏は、数々の外国人プレーヤーたちと対戦してきた。
 その中でも、最も印象に残る助っ人とは?

 あらためて振り返れば、これまで仲間としても対戦相手としても、実力あり、濃いキャラクターありと、本当にたくさんの助っ人選手たちと関わってきました。その中でも印象的な選手を振り返っていきます。

 GKというポジション柄、やはり実際に対峙するFWの選手に目が行くことが多い。その意味で、「このFWにはやられたな」と思うのが、マルキーニョスです。彼は日本にいた年数も長かったので、対戦回数も多かった。シュートが鋭く、またパターンも多い。速いだけとか大きいだけ、右足だけとか偏りがある選手ではなかったので、抑えるのは大変でした。

 ものすごく印象に残っている失点があります。名古屋が優勝した2010年、アウェーでの鹿島戦です。試合自体も勝てなかったのですが、そこでマルキーニョスに決められたシュートは今も忘れられない。ペナルティエリアの少し外側から、余計な駆け引きもなく、まさに正攻法で右足を振り抜かれて決められました。あれはGKとしても「はあ……」と落ち込むような取られ方で、悔しかったですね。真正面からのシュートで、コースもスピードも最高。彼が得意としていた形でもありました。本当に素晴らしいストライカーだったと思います。

 ジュニーニョも、やられた印象が強い選手です。彼個人だけでなく、当時の川崎フロンターレにはいつも苦戦していたイメージがあります。彼らもここから力をつけて強豪になっていくという勢いがある時代で、一方の名古屋はまだ優勝経験がなく、いつも中位でパッとしない戦いを続けていた時期でした。だから対戦になると、常にフロンターレに押されて、守備ばかりしていたのを覚えています。

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<Jリーグ1993-2019>最強外国人は誰だ!
楢崎正剛
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