Sports Graphic Number SpecialBACK NUMBER

<武豊 8大競走名勝負ギャラリー>
1988 菊花賞 スーパークリーク「“天才”が目覚めた日」 

text by

島田明宏

島田明宏Akihiro Shimada

PROFILE

photograph byHisae Imai

posted2016/10/20 06:00

<武豊 8大競走名勝負ギャラリー>1988 菊花賞 スーパークリーク「“天才”が目覚めた日」<Number Web> photograph by Hisae Imai

1988.11.6 第49回菊花賞

 どんな乗り味の馬が一流で、どんな脚を使う馬がGIを勝てるのか。それを武豊に教えたのが、スーパークリークだった。

 初めて跨ったのは、旧4歳時、'88年春のすみれ賞だった。管理する伊藤修司に「脚を痛がっているから、様子を見てきてくれ」と言われた。武は、道中、そっと大事に乗り、勝負どころで軽く仕掛けた。すると、スーパークリークは鋭く反応し、前をまとめて差し切ってしまった。

 デビュー2年目の武は、全身がゾクゾクするのを感じた。勝ちタイムは平凡で、2着に半馬身の差をつけただけだったが、走りには凄みがあった。数字には現れないサラブレッドの強さがあることを知った。


 武はダービー参戦を夢見たが、クリークは調教中に骨折。休養に入った。

 秋初戦の神戸新聞杯は3着、つづく京都新聞杯は6着と、菊花賞の優先出走権を得られなかった。ほかの馬で菊花賞にも出られたのだが、彼は「クリーク以外に乗るつもりはありません」と言い切った。直前に回避馬が出て同馬は滑り込みで出走できることになった。

 引いたのは17番枠だった。こんな外枠から菊花賞を勝った馬はいたかと考え、父・邦彦の手綱で優勝したインターグシケンを思い出した。同馬は16番枠から出たが、直線では内から伸びていた。


 菊花賞のゲートがあいた。武は、10年前に父がしたように、クリークを馬群の内へと誘導した。そして、勝負どころから進出したが、直線入口で、以前乗ったカツトクシンに前方を塞がれる格好になった。しかし、彼は、この馬が外にふくれる癖があることを知っていたため、あえてそのまま動かずにいた。思っていたとおり、カツトクシンは外に行き、進路がひらけた。

こちらは雑誌『Number』の掲載記事です。
ウェブ有料会員になると続きをお読みいただけます。

残り: 264文字

ウェブ有料会員(月額300円[税別])は、この記事だけでなく
NumberWeb内のすべての有料記事をお読みいただけます。

武豊 四千勝のすべて。

Sports Graphic Number 913

武豊 四千勝のすべて。

 

武豊
スーパークリーク

競馬の前後の記事

ページトップ