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<ラグビー界の名将・没後10年>
宿澤広朗が切り開いたもの。 

text by

永田洋光

永田洋光Hiromitsu Nagata

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photograph byKazuhito Yamada

posted2016/07/08 06:00

<ラグビー界の名将・没後10年>宿澤広朗が切り開いたもの。<Number Web> photograph by Kazuhito Yamada
27年前の5月28日、就任わずか3カ月の監督が率いた日本代表がスコットランドを倒すという金字塔を打ち立てた。チームを一変させた男が夢見た日本ラグビーの未来は、今へつながり、さらにその先のステージへと向かっている。

 6月18日にスコットランド代表とのテストマッチ初戦を控えて、試合会場の豊田スタジアムにラグビーファンの注目が集まっていた。17日には試合前日の恒例行事、両チームのキャプテンズランが行なわれた。

 その頃、都内の閑静な住宅街にある小さな墓苑では、ごく普通の墓石に追悼の花束が捧げられていた。

 眠るのは宿澤広朗。

 2006年6月17日、群馬県の赤城山山頂で倒れたまま帰らぬ人となった宿澤の、没後10年の命日がこの日だった。

 因縁。オールドファンが2016年に感じるのは奇妙な符合だ。

 27年前の1989年、宿澤が監督として率いた日本代表が来日したスコットランドを28-24と破り、ラグビー伝統国から初勝利をもぎ取ったのが5月28日。今年は、同じ28日に秩父宮ラグビー場でテストマッチが行なわれた。カードは日本対香港。そして、27年ぶりのスコットランド来日と、命日の翌日のテストマッチだ。

 日本代表は18日、粘り強い防御と強力なスクラムで健闘したが、小さなミスを重ねて反則を連発。13-26と敗れて残念ながら'89年のような劇的勝利は生まれなかった。『命日の翌日に27年ぶりの金星!』といった見出しは躍らなかったのである。

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