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「普通の人でいたかったです」
須田幸太はベイスターズに殉じた。
 

text by

日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byKyodo News

posted2019/02/08 17:30

「普通の人でいたかったです」須田幸太はベイスターズに殉じた。<Number Web> photograph by Kyodo News

プロ人生最初で最後のセーブを挙げた試合での須田幸太。ベイスターズで過ごした日々に、悔いは無い。

悔いや未練は「まったくない」。

 それにしてもあの時、坂本への最後の一球でやめておけば――こちらの言葉を遮るようにして須田は言った。

「あそこでやめられるピッチャーなんていないと思うんですよ。2アウト一塁、このバッターを抑えたら終わりってところでツースリーになって。最後の球がボールになってフォアボール出して。そこで『いや、無理です』とは言えない」

 異変を感じていながら自らマウンドを降りることを拒み、おそらくは避けられた傷を負った。ようやく訪れた大舞台に立たせてくれと、めったに言わないわがままを通し、送り出された土壇場で痛みを忘れて投げた。その一瞬の判断、「むっちゃ無責任」とは言いながら捨て置けるはずのなかった投手としての責任感、野球人としての意地が、須田幸太のプロとしての選手生命を短くさせた。

 仮にそうだったとしても、須田は8年間のプロ野球生活に悔いや未練は「まったくない」と断言する。

「むしろ1年間ちゃんとできた年があったことに満足しています。プロ野球選手にこんなこと言ったら非難されるでしょうけど、終わった身としては『よく1年間できたな』って。爪痕をちゃんと残せてよかった」

 たとえば10年後、ファンの間で「須田ってやつがいたよな」と話題に上ることはあるだろう。「2016年、ベイスターズが初めてCSに出た時にがんばってたよな」と。

 それだけで十分なのだと須田は言った。

大野くんの気持ち、わかります。

 聞くべきことはあらかた聞き終えて、少し肩の力を抜いて雑談みたいに話をしていた時だった。須田はふと、こんなことを言い出した。

「野球のユニフォームを着てなかったら、マジで一般人ですよ。思考的にも一般人。プロって感じではなかったですね」

 反射的に質問を投げかけていた。

 そんな一般人がプロの世界で生きていくのは大変でしたか?

 須田は短く答えた。

「普通の人でいたかったです」

 瞬間、筆者は思わず笑ってしまった。インタビュー直前、2020年限りで活動を休止することを発表した嵐のリーダー、大野智が会見で発したセリフによく似ていたからだ。「大野くんみたい」。筆者の言葉に須田はうなずいた。

「ほんと大野くんの気持ちはわかります。普通の人でいたかった。でもプロ野球選手だからやらなきゃいけない。仕事は仕事って感じでした」

 そこまで聞いた時、なぜか胸が苦しくなり始めた。

【次ページ】 須田はベイスターズに殉じた――。

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