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原辰徳監督の背番号シャッフルは、
実は大きな「勝負手」だった!?
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byKyodo News
posted2018/12/21 12:30
12月19日、笑顔の巨人入団会見で原監督とグータッチを決める岩隈(右)。新背番号は、吉川がつけていた21に。
原監督がかけた“熱い言葉”。
原監督による背番号シャッフルはこれだけでなく投手では山口俊投手が「42」から「11」へ、田口麗斗投手が「90」から「28」、畠世周投手が「28」から「31」へと変わり、野手でも吉川大幾内野手が「68」から「00」、立岡宗一郎外野手が「58」から「39」など総勢17人が変更になっている。
「お前さんの番号(42)は外国人に似合う番号だと思う。11番を背負ってくれ。やっぱり強さ、速さ、ウイニングショットを持っている投手だから、相手チームとしては嫌な投手になってほしい」
これは山口俊に背番号変更を説明した時の原監督の言葉だ。
新たにつける背番号「11」は、巨人では300勝投手の別所毅彦さんやミスター完投と言われた斎藤雅樹前投手コーチが背負ってきた番号だ。
同じように田口には「左投手が似合う番号」、畠には「水野のように力のある安定した投手に」と、それぞれの変更の意味を伝えて新たな“顔”を与えた。
原監督にとって背番号シャッフルは、単なる番号の変更ではなく、選手たちへのメッセージでもある。心機一転、精神的なリセットをするだけでなく、背番号という数字で明確な目標を持たせるための手段として活用しているのだった。
この背番号シャッフルの最後に行ったのが、岩隈久志投手の加入に伴う、吉川光夫投手の背番号の変更だった。
原監督にとっての最大の“武器”として。
岩隈にはかつて近鉄、楽天時代に背負っていた「21」を用意し、その「21」をつけていた吉川は「47」へと変わることになった。
そしてこの吉川の「47」に原監督が贈ったメッセージには、ある意味、来季の巨人の命運が握られている重い意味がある。
「ぜひ『47』番をつけてくれ、と伝えました。左のセットアップとして、山口鉄也の後釜として期待する」
指揮官が吉川に贈った言葉である。
第2次監督時代の2008年から山口は9年連続60試合以上登板を果たし、原監督にとっては最大の“武器”だった。
この間にマーク・クルーン、越智大祐、スコット・マシソンに西村健太朗、澤村拓一らと勝利の方程式を組んできたが、その中で山口が果たした役割を原監督はこう語っている。
「7回か8回の相手打線の打順を見ながら、一番、強いところに山口を投入する。クローザーももちろん大事だけど、彼はその前に相手打線の流れをピシャッと断ち切ってくれるから、本当に大きな仕事をしてくれるピッチャーなんだ」
その山口のイメージを吉川に重ねたい、重ねられる投手になって欲しい、その思いを込めての背番号変更なのである。