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ウィンブルドン初戦辛勝の錦織圭。
コートで悪魔になれなかった理由。
text by
秋山英宏Hidehiro Akiyama
photograph byGetty Images
posted2018/07/04 12:00
錦織圭の普段のふんわりした雰囲気は、コートでは一変する。そんな彼にとっても、旧友相手の試合は簡単ではなかったようだ。
「選べるものなら友達とはプレーしたくない」
「風があったので、クリーンヒットができなかったが、しょうがないところもあった。中盤危ない場面もあったが、序盤と後半はよかった」と本人の総括もどこかピリッとしなかった。
対戦相手が仲のいい選手であったことを苦戦の要因にしたらプロフェッショナルである2人に申し訳ないが、やはり影響はあったのではないか。
試合後、英語の質疑応答で、友人を倒した気分を聞かれた錦織はこう答えている。
「簡単ではなかった。選べるものなら、友達とはプレーしたくない。彼は本当に厳しいテニス人生を過ごしてきた。たくさんのケガに苦しみ、そのたびに復帰してきた。
また、彼はツアーきっての努力家でもある。いつもケガを抱えていた。僕と同じか、あるいはそれ以上に……。グランドスラムの本戦に彼の姿があるのはうれしい。戦うのは難しいけれど」
ハリソンが「むちゃくちゃ努力してきた」選手であることを、語らずにはいられなかったのだろう。
普通の錦織のまま、コートで戦った。
親友との試合がピリッとしたものにならなかったことを責めようとは思わない。手心を加えたのでもなければ、大苦戦になったわけでもないのだから。
勝利の瞬間、錦織は無表情だった。辛勝にホッとしたのだとしても、それ以上に、友人の前で喜びを表すことにためらいがあったのか。
コートの中と外で、まったく別人になるのが錦織圭という選手だ。普段は穏やかでほんわかしているが、コートに入ればにわかに覚醒し、悪魔にもなる。優しい顔をして相手を完膚なきまでにたたきのめす。
だが、この試合では悪魔になれなかったようだ。彼はごくまれに、そんな人間くささをのぞかせる。今日、コートで戦ったのは、普段の錦織だったのかもしれない。