イチ流に触れてBACK NUMBER
「球団会長付き特別補佐」として――。
イチローの“ルーティン”は試合後に。
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph byGetty Images
posted2018/05/08 11:40
今季最後の試合となった5月2日。チームメイトをマウンドで待ち構える姿は、いつもと変わらなかった。
「代打は難しいですよ」と語った後に。
そのわずか9時間前、イチローはメジャー2651試合目の出場を果たしていた。結果は3打数無安打、1四球、1得点。今季13試合目の先発出場に昨季とは違う打撃感覚の構築が出来ていると話したばかりだった。
「やっぱ、代打は難しいですよ。うん。それは何日かに1回でも(先発で)1試合出るほうが状態は作りやすい」
この日で今季が終了であることは、言うまでもなくイチローには分かっていた。それなのに、たとえ1週間に1回でもあっても、先発出場の方が打撃における「足し算」の感覚は持ちやすいと話した。いつもと変わりない取材現場が、そこにあった。
だが、その一方で、いつもとは違う光景も目にした。記録達成や節目の試合でしか、球場に訪れない弓子夫人が観戦に訪れていたのである。その上で筆者の取材経験では今までに見たことのない光景と空気が流れた。
通常、試合後の2人は夫婦仲良く歩きながら帰路へ就くが、この日はクラブハウスから出て来たイチローがまず弓子夫人の元へ歩み寄る。そして、そっと夫人の腰に右手を回し、軽く抱擁する。時間にして3秒もなかっただろうが、その場には静寂に包まれた、特別な空気が流れた。
それからわずか9時間後の衝撃的な発表を知らずとも、“今季ラストゲーム”を予感させる、感傷的なシーンだった。
迷いも、喪失感もなかった。
今回の配置転換。イチロー自身に迷いはなかったと言う。そして、喪失感もなかったと言う。これまで通り、試合前の練習の場が与えられ、残り試合全てにチームとも帯同し、来季以降の現役復帰の道が残されているからだ、と言う。イチローはこう説明した。
「(入団が)決まってから2カ月弱ぐらいの時間でしたけど、この時間は僕の18年の中で最も幸せな2カ月であったと思います。その上で、短い時間でしたけど、監督はじめチームメート、これは相性もありましたけど、大好きなチームメートになりましたし、もちろん大好きなチームですし。
チームがこの形を望んでいるのであれば、それが一番の彼らの助けになるということであれば、喜んで受けようと」