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彦根東の「幸運の極短80cmバット」。
3ランを生んだ甲子園用の秘蔵の1本。
posted2018/03/28 17:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
Kyodo News
彦根東の松林基之部長が、ベンチから、ネクストバッターズサークルにいる6番・高内希に「振れてないんだから、バットを短く持て!」と指示を出すと、高内が困惑したような表情を浮かべた。
その理由は、あとでわかった。
慶応に1-2と逆転されて迎えた8回表。2アウト一、三塁の好機に、高内が右打席に立つ。この試合、完投したエースの増居翔太が「練習でぜんぜん当たっていないので、期待していなかった」と笑う絶不調のバッターだった。
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ところが、高内はその日、ある武器を手にしていた。長さ80センチの「極短バット」だ。高校生だと、通常は83センチか84センチのバットを使うので、極端に短い。大会の1カ月半前、あるメーカーが甲子園用にと持ってきたバットだった。
インコースを攻めてくる投手に有効ではないかと1本だけしのばせていたバットだったが、あまりに短く、使おうとする選手はいなかった。
このときは不思議なほど体に馴染んだ。
高内も普段は、84センチのバットを使っている。この日も、第1打席は84センチのバットを手にした。しかし、慶応の先発左腕・生井惇己のキレのあるストレートに完全に振り遅れ、ボテボテのピッチャーゴロ。
「これはやばい……」と思い、第2打席、思い付きで80センチのバットを手にしてみた。練習のときはしっくりこなかったが、このときは、不思議なほど体に馴染んだ。
「ブルンって、するどく振れたので」
すると、第2打席、第3打席で、ヒットが出た。
8回表にむかえた第4打席では、もうひとつひらめきがあった。慶応バッテリーが2ボール2ストライクからの6球目のサイン交換をしているときだった。
マウンドの生井が捕手のサインに首を振った。その舞台裏を、慶応の捕手・善波力が明かす。
「ずっとインサイドを突いていたので、最後は、外のチェンジアップを要求したんですけど、首を振られた。首を振ったら、内に投げたがるタイプだった。でも、インコースの真っすぐが生命線のピッチャーなので、しょうがないですね」