球道雑記BACK NUMBER
ドラフト直前の全治6カ月から2年。
日本ハム2位西村天裕を支えた人の輪。
posted2017/11/02 11:45
text by
永田遼太郎Ryotaro Nagata
photograph by
Ryotaro Nagata
怪我を負ったのはプロ志望届を提出してから1週間も経たない週末のリーグ戦だった。
今から2年前の2015年10月3日、サーティーフォー相模原球場。
当時、帝京大学の4年生だった西村天裕(たかひろ)は、チームの関東大会出場まで、もう後がない大切なマウンドを任されていた。
大学生活の集大成ともいえるこの日の試合。自然と気持ちも入った。
初回から8回まで奪った三振は13個を数え、スコアボードには「0」が並ぶ。
一方で相手側のマウンドには現在、千葉ロッテで活躍する佐々木千隼が上がっていたが、佐々木も西村に一歩も譲らず、帝京打線から10個の三振を奪うなどして無失点。息詰まる投手戦は0-0のまま9回表を迎えた。
高まる緊張感。攻め手に悩む両チーム。しかし、試合は突如動いた。
打ち取ったはずのプレーでボールが逸れると……。
先頭打者・桜美林大学の島拓也がセンター前にヒットを放つと、桜美林大ベンチは次打者・中村士朗に送りバントを命じる。しかし、西村も簡単にはそれを許さず2ストライクまで追い込むと、やむなく桜美林大ベンチはサインをヒッティングへ切り替えた。
結果はショートゴロだった。
「帝京バッテリーの勝ち」と、見ていた多くの者がそう思った。
しかし、二塁封殺を狙ったショートの送球はセカンドのグラブから若干逸れて、ライト方向で転々とする。
その隙を狙い一塁走者の島は、がら空きの三塁へと向かうが、慌ててベースカバーに入った西村がボールを切り返して取ろうとした瞬間、走路にスパイクの裏金をとられ、左足をうまく切り返せず、痛みでその場に転倒する。ボールをこぼし、左膝を抱え、うずくまっているその間に、島は本塁まで生還し、均衡は思いもよらない形で崩された。