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「自分のゴルフ人生嫌いじゃない」
岩田寛、米国での2年間を財産に。

posted2017/08/28 07:00

 
「自分のゴルフ人生嫌いじゃない」岩田寛、米国での2年間を財産に。<Number Web> photograph by AFLO

世界の頂点を視界に入れたわけではなかった。しかし岩田のような挑戦者がいることで、日本男子ゴルフの国際競争力が上がる。

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桂川洋一

桂川洋一Yoichi Katsuragawa

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「2年間、お世話になりました」

 最後のラウンドを翌日に控えた木曜日、岩田寛はそうつぶやいた。

 8月半ばのウィンダム選手権はPGAツアーのレギュラーシーズン最終戦で、同大会終了後、ポストシーズンに入る。

 年間のポイントランキングで上位125位に入り、翌シーズンのシードを確保した選手はプレーオフシリーズに進出する。年間王者が1000万ドルのボーナスを手にする豪華なレースだ。

 そのトップに立つのが松山英樹で、ノックダウン方式の4試合に臨む。一方で126位から200位までの選手は来季出場権をかけて、下部ツアー選手との入れ替え戦に臨む。175位に終わった石川遼にとっては正念場だ。

 そして岩田は、この入れ替え戦出場すら叶わなかった。ウィンダム選手権で初日の出遅れを取り戻せず、ポイントランク203位。ツアー2年目のシーズンは予選落ちで幕を閉じた。

34歳で最高峰ツアーを主戦場にしたが、苦難の連続。

 岩田は'14年秋、中国でのHSBCチャンピオンズで3位に入り、翌年の入れ替え戦出場権利を得ると、勢いに乗って突破。34歳で最高峰のツアーを主戦場にした。

 ただ、戦いぶりは総じて厳しかった。初年度の2015-'16年のポイントランクは146位。2年目の今季は10試合の出場にとどまり、決勝進出は2回だった。

 慢性的なショットの不振にあえぐと、日本でもプレーする今年は得意のパットにまで悩みが及ぶ。技術も心もボロボロになって米国撤退を余儀なくされた。

 贔屓目かもしれないが、岩田の2年間の挑戦を振り返ると、これほどタイミングに恵まれなかった選手もいないのではないかと思えてしまう。

【次ページ】 正念場の戦いが大洪水、ハリケーンで中止になった。

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