“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
鳥栖からブンデス入りの鎌田大地。
「わがまま」だった高校時代は……。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2017/07/16 08:00
20歳での海外移籍というと、21歳でドルトムントへ移籍した香川真司よりも早い。期待度の高さが感じられる。
「22歳でプロになるのは絶対に遅いと思うんです」
最初はゆっくり話していた鎌田だが、徐々にその声量が大きくなり、言葉の数も増え出した。それがピークになったのは、プロ入りに向けての話のときだった。
「大学という選択肢もあるけど、高卒で即プロ入りにこだわっている?」と質問をすると、間を置かずに、こう口にした。
「確かに大学進学というのも必要な道かもしれません。でも僕からすると、大学を卒業してプロ入りするときは、もう22歳なんです。世界的に見て、22歳でプロになるのは絶対に遅いと思うんです。僕は高校から直接Jリーグに行って、1年目から出ることが理想だし、そうしないといけないと思っています。僕はさらにその先も考えています。もちろん、やれる自信はあります」
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この言葉には、かなりの力があった。彼の目には“自分の進むべき道”が見えていたのだ。高卒プロ入り、1年目から出場、そしてその先、つまり世界へ――。
高2の段階で、彼はそれをはっきりと視野に捉えていた。
キャプテンに立候補するも、監督は……。
そして目標の実現に向けて、彼は高校時代から動き出していた。より相手の逆を取ってゴールを決めるストライカーになるためのトレーニングに加え、精神的な成長を求めるべく、新チームのキャプテンにも立候補したのだった。
「監督、俺にキャプテンをやらせてください」
鎌田は、東山高サッカー部の福重良一監督にそう直訴した。だが福重監督は、鎌田のこの意志を叶えていいか、ためらっていた。
「サッカーに関しては凄くレベルの高い考えを持っていた。上級生がいなくなって、自分がプレー以外にも引っ張る存在にならないといけないと言う自覚から、キャプテンになりたいと言って来たんだと思います。ただ正直それまでの大地の性格は、ちょっとわがままだし、『サッカーだけやっていればいい』という感覚も見られた。みんなに声を掛けて、全体を巻き込んで引っ張るというより、俺が点を獲ればいい、という意識が強かった。そうなるとみんなが離れて、チームがバラバラになる可能性があると思った」
福重監督はこの懸念を直接本人に伝えた。すると鎌田はこう答えたという。
「それでもやります。やらせてください」