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北朝鮮代表での最初は“おまけ枠”。
引退のJリーガー安英学、代表での日々。

posted2017/04/11 11:30

 
北朝鮮代表での最初は“おまけ枠”。引退のJリーガー安英学、代表での日々。<Number Web> photograph by Takamoto Tokuhara/AFLO

2011年9月に行われた日本vs.北朝鮮戦での安と李忠成。結果は1-0で日本代表が勝ったが、激戦だった。

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吉崎エイジーニョ

吉崎エイジーニョ“Eijinho”Yoshizaki

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Takamoto Tokuhara/AFLO

 安英学引退のニュースを耳にした。

 3月17日のことだ。今月30日には新潟で引退セレモニーも行われるという。

 昨年末に横浜FCを退団後、右膝の負傷の回復を待ちつつチームを探したが、結局チームが見つからず。苦渋の決断を下したのだという。

 1978年生まれの38歳。在日コリアン3世だ。

 '02年にプロデビュー後、アルビレックス新潟('02~'04年)、名古屋グランパス('05年)、大宮アルディージャ('10年)、柏レイソル('11~'12年)、横浜FC('14~'16年)でプレー。J1、J2通算でリーグ戦175試合に出場し10ゴールを挙げた。'06~'07年にはKリーグの釜山アイパーク、'08~'09年は水原三星でプレーし、リーグ戦57試合出場7ゴールの記録を残している。

 会って、話をしてみたいなと思った。

 日本代表によるワールドカップ予選の話題で盛り上がっているタイミングでの引退ニュースだったからだ。安は北朝鮮代表として'02年から'12年まで39試合でプレー(3ゴール)。'06年、'10年、'14年のワールドカップ予選(2012年の予選まで)と、'10年の本大会も経験した。

 彼が代表選手として戦う姿を、折々で取材してきた。こちらが見て感じてきたことを、彼に詳しく聞く機会がこれまではなかった。引退した今、これが実現するのではないかと。

 引退後の拠点とする、横浜のホテルで話を聞いた。

「代表選手としての経験と思い」は国籍や立場の違いを超えて伝わるものがあった。

新潟で、北朝鮮籍の選手が大声援を受けていた。

 新潟で、北朝鮮籍の選手が大きな声援を受けているんだな。

 '02年、プロデビューを果たした時の興味はそこにあった。折も折、この年は時の小泉純一郎首相の電撃訪朝により両国の関係はむしろ悪化する、という状況にあった。

 夏頃だっただろうか。一度、インタビューする機会を得た。「ヨンハギ~」と呼びかけたら喜んだ。名前の「英学」はヨンハク、ヨンハッ、ヨンハなどと表記されてきた。“K”の子音で終わる、日本語では表記しにくい音だ。現地の言語でも発音が平易ではないから、「i」の子音をつけて呼びやすくする。家族、親戚の間では昔も今も、「ヨンハギ」と呼ばれている。

【次ページ】 “総連”所属として南北朝鮮の親善試合に出場。

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