濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
早熟のエース・竹下幸之介を変えた、
挫折の物語と「DDTを象徴する技」。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2017/03/25 07:00
さいたまスーパーアリーナ大会最終盤での集合写真。我が道を行くDDTだが、竹下を中心にして、世界を視野に入れた活動に踏み出しつつある。
促成栽培を強いられたエリートならではの苦悩。
しかし、プロレスファンが本当に好きなのはエリートではなく雑草だ。簡単に言えば、竹下は大多数のファンから愛されるには“できる子”すぎた。竹下自身もプロレスファンだから、どう見られているかが分かる。
「可愛げがないんですよね、僕は」
そう分析できてしまう頭のよさが、竹下の最大のウィークポイントだった。
団体からの期待の大きさを「プレッシャーに感じたこともあります」と竹下は言う。何しろデビュー戦の舞台が日本武道館である。対戦相手はエル・ジェネリコ。現在WWEに所属するサミ・ゼインだ。
竹下のビッグイベントにおける勝率は、それほど高くない。ジェネリコに始まりケニー・オメガ、棚橋弘至、HARASHIMAと、トップ選手に挑むことが多かったからだ。そのことを「チャンスをもらっている」「会社にプッシュされている」と受け取ったファンもいただろう。しかし試練の連続だったとも言える。新人らしい、身の丈に合った試合を重ねてじっくり成長することが、竹下には許されなかった。
王座陥落がファンから愛されるきっかけに。
「実は苦労してたんですけど、そうは見てもらえないんですよ」
そう言って苦笑していたのは昨年夏、初めてKO-D無差別のベルトを巻いていた時期だ。DDT内の若手大会『DNA』で切磋琢磨する年上の後輩たちがうらやましそうでもあった。曰く「僕は1人で考えなきゃいけなかった。孤独といえば孤独でしたよ」。
8月の両国国技館大会、竹下はメインで敗れ、ベルトを失った。
おそらくこの時、竹下は初めて観客と挫折という物語を共有した。それはレスラーにとってプラスにもなる。そして今回、記念大会でのタイトル挑戦。HARASHIMAを倒すだけでなく、誰からも認められ、愛されるチャンピオンになるためにもう1つ、何かがほしかった。