プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
噛みつき魔。鉄人。黒い魔神。鉄の爪。
伝説のプロレス記者・門馬忠雄の告白。
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2016/11/06 08:00
新書の体をなしているが、ページを開くと……底なしのプロレス地獄となっている! 『外国人レスラー最強列伝』(文春新書)。
「あれはぶったまげたよ」が口癖の門馬さん。
現場第一主義を貫いている門馬さんにとって、熱狂的なファンに囲まれながら全国を巡るプロレス興行の取材は、そのまま“旅”だった。古き良き時代の昭和の旅巡業。のほほんとしたような何でもありの、珍道中。この感覚は40歳、いやもしかしたら50歳以上の人にしかわからないかもしれないが。
「あれはぶったまげたよ」は門馬さんの口癖だ。
この本を書き上げた夏の夜、門馬さんは両国の安い焼き鳥屋で大好きな「カワ」をかじっていた。
そして、「これがいけないんだよなあ」といって、また懐かしそうにハイボールのグラスを口にした。50代のある時、脳梗塞で倒れてから右半身の自由が利かない。それでも歩行補助具と杖を使って、さらに夫人の付き添いを頼りに、多くのプロレスの試合場に姿を見せている。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、椅子に座って杖を持ち上げると晩年のブラッシーみたいだ。
「俺の友達のケネディ大統領に言いつけてやる!」
若い頃のブラッシーのテレビ・インタビューは、今のWWEのレスラーもかなわない。あのジョン・F・ケネディまで出てくるのだから。
ルー・テーズ、62歳のバックドロップ。
さて、門馬さんのこの本のお話は鉄人ルー・テーズで始まる。
テーズが6年4カ月もNWA世界ヘビー級王座を保持している間に、936連勝という途方もない記録を残した。これは強さが本物だった証拠だ。
私も晩年だが、テーズと何度か話す機会があった。
メキシコでみた鉄人が繰り出したバックドロップは62歳のものとは思えなかった。そして、ジェントルマンだった。
当時、テーズはゴム紐を持ち歩いていて、無理をせずに柔軟な筋力を常に養っていた。腕の筋肉にも驚くほど張りがあったのを覚えている。私は門馬さんのように、その腹筋を調べるためにテーズのおなかを触ったことはないが、一度だけヘッドロックをしてもらった。というか、記念写真をお願いしたら、ヘッドロックにスーッと持っていかれた。
もし、逆に私がヘッドロックでもしていたら大変だ。
ヘッドロックはバックドロップへの危険なワナでもあったのだから。