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F1界最高のジャーナリストが去った。
最高に危険で、最高に愛された男。 

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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photograph byMercedes AMG

posted2016/08/14 07:00

F1界最高のジャーナリストが去った。最高に危険で、最高に愛された男。<Number Web> photograph by Mercedes AMG

優れたジャーナリストであり、F1という競技の最高の理解者でもあった“バイロン・ガン(拳銃)”ことバイロン・ヤング。

2001年、ヤングがシューマッハにした強烈な質問とは?

 ケニアで生まれたヤングの父親はラリードライバーで、母親はジャーナリスト。渡英後、ヤングがモータースポーツジャーナリストを目指したのは自然なことだった。

 ヤングの名をF1界に知らしめたのは、2001年のオーストリアGPのレース後の記者会見である。チームオーダーによって、2位の座をチームメートのルーベンス・バリチェロから譲ってもらったミハエル・シューマッハに対して、記者会見でヤングはこう質問したのである。

「この2位は、最高の走りで勝ち取ったものですか。それとも、最高の契約によって得たものですか?」

 その会見では、多くの厳しい質問がシューマッハに浴びせられたが、ヤングほど厳しいものはなかった。

 その5年後、ヤングは再びシューマッハへ厳しい質問を浴びせることになる。

 2006年モナコGP予選後の会見だ。この予選でシューマッハは暫定ポールポジションを獲得した後、最後のアタックで最終コーナー手前のラスカスで道を塞ぐように停車。逆転ポールポジションを狙っていたアロンソのアタックを無効にし、ポールポジション獲得に成功していたのである(予選後に審議され、数時間後に予選結果から除外される)。

 直後の会見でヤングがシューマッハに浴びせた質問がこうだった。

「あなたはわれわれを騙したのですか?」

常に、ファンの立場でジャーナリズムを貫いた男。

 ヤングの厳しい質問は、何もシューマッハだけが対象ではなかった。

 その後、多くのチャンピオン、トップドライバーたちにも、少しも臆することなくぶつけられた。その取材姿勢にドライバーたちからつけられたニックネームは、名前の「バイロン・ヤング(Young)」をもじって「バイロン・ガン(Gun=銃)」。彼の質問は、ドライバーたちにとってはまさに弾丸だった。

 なぜ、ヤングはこれほどまでに厳しい質問をドライバーたちにぶつけてきたのか。ヤングは言う。

「われわれジャーナリストは、F1ドライバーと友だちになるために取材バスをもらったのではない。私たちメディアは、一般のF1ファンの代表としてここにいる。ファンの立場に立って、疑問があれば、たとえ相手がチャンピオンだろうと、厳しい質問をぶつけなければならない」

【次ページ】 公平無私。ファンからもドライバーからも愛された。

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