リオ五輪PRESSBACK NUMBER
盟友・萩野の金メダルを称える潔さ。
銅獲得、瀬戸大也もやはり大器だ。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byJMPA
posted2016/08/07 16:20
男子400メートル個人メドレーのメダリスト。銀メダルはアメリカのチェース・ケイリシュとなった。
ロンドン五輪切符を逃して涙した、あの日を胸に。
ラーキンはそのレースの3日前にあった100m背泳ぎに続いて2冠を達成。その姿を見た瀬戸は、「勝つ人には自信というものがある。その自信が自分にはなかった」と気づいた。
すると大会8日目の400m個人メドレーで見事な立て直しに成功して金メダルを獲得。リオ五輪には、「自信が伴っていれば絶対に勝てる」という確信を持ちながら臨んだ。実際に、調子は良かった。予選で自己ベストを出したのはその証拠だ。やれることはやってきたという自負はあるはずだ。
ロンドン五輪の選考会となった'12年日本選手権。「一緒に五輪に行こう」と誓い合っていた萩野が代表入りを果たしたのに対し、瀬戸は200mと400m個人メドレーの2種目で派遣標準記録を破りながらもいずれも3位となり、五輪に手が届かず号泣した。
「あのときの表彰台ほど辛いことはなかった。2位まででいいでしょという感じで、早く降りたかった。しばらくは泳ぐ気にもなれなかった」
しかし、ロンドン五輪で萩野が銅メダルを獲得すると、そこで目が覚めた。自分は何をしているんだ。自分も頑張らなければいけない。いや、やれば必ずできる。
「2つの日の丸が揚がるのは、めちゃくちゃ嬉しい」
元来のポジティブシンキングが頭をもたげ、気持ちを入れ替えてからは快進撃が続いた。'13年、'15年世界選手権では日本人として初の世界選手権連覇を達成。リオ五輪の代表にいち早く内定した。
そのころ萩野は肘の骨折でレースから離れていたが、「最大のライバルは公介」という思いに変化はなかった。
「公介はライバルでもあり、戦友でもあるんです」
そう話したのはリオ五輪イヤーになった今年初めのことだ。
「五輪の決勝レースに日の丸が2つ残ってる光景や、表彰式で2つの日の丸が揚がるというのは、めちゃくちゃ嬉しい。日本の代表として出ている以上は、世界に強いところを見せつけたい。そういう意味で、日の丸が2つ揚がるのはうれしいことです」
絶対に2人で表彰台に上がる。その決意があったからこそ、本番では予選から全開で行った。