サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
マジックではなく、ロジックの勝利。
リオ行き決めたU-23「弱者の兵法」。
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byTakuya Sugiyama
posted2016/01/27 11:30
五輪のアジア枠は3。ワールドカップよりも狭い門をくぐりぬけ、日本サッカーの希望の火はつながった。
選手の競争と自らの求心力を両立させた手倉森監督。
ただ、手倉森監督のやり方が南アフリカW杯の時と異なるのは、メンバーを固定せずに23名中22名の選手を起用し、チャンスを与えたことだ。それを意気に感じない選手はいない。
「試合に自分を使ってくれている。頼むぞと送り出してくれる。テグさんをリオにつれていきたいと強く思ったし、監督のためにいいプレーをしたいと思った。それがチームの勝利につながったんだと思います」
サウジアラビア戦で出場のチャンスをもらった三竿健斗はそう言った。
選手を信頼し、多くの選手を試合に起用して競争をあおりつつ、監督自らの求心力をも高めたのだ。
ただ、いくら監督が笛を吹いても、選手が踊らなければ試合に勝てない。そのモチベーションになっていたのが選手とチームに対する世間の低評価だった。
「このチーム、本当に大丈夫か」
「エースがいないし、選手の顔が見えない」
「リオ五輪はむずかしいだろう」
厳しい言葉を浴びせられた選手は、「絶対に五輪の出場権を獲得して、見返してやろう」と、固く誓い合ったという。
低い評価が、「おとなしい」世代に火をつけた。
ロンドン五輪の時も同じだった。選手は自分たちのことを「雑草」と称し、世間の低評価を見返してやるというモチベーションで戦った。そうしてロンドン五輪の出場権を獲得し、本大会ではスペインを破った。そうした気持ちがいかに大きな力になるのかを深く実感した記憶がある。
今回も、低評価にあらがう選手の気持ちが大きなエネルギーとなり、「おとなしい」と言われたリオ世代を発奮させた。反骨心が大きなモチベーションとなったのである。
もうひとつ最終予選突破に大きく寄与したのが、コンディションだ。
日本から西芳照シェフを呼び、栄養面の管理とストレス削減に力を入れた。大会中はホテルから基本的に外出できないので、食事以外に楽しみがない。試合と練習で緊張感がつづく中、楽しい時間があるということは、極めて重要なのだ。遠征中にもかかわらず、選手は体重が減るどころか食べ過ぎを注意しなければならないほどだったという。