濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
川尻達也、1年半ぶりの復帰戦勝利。
日本格闘技界も揺れた37歳の生き様。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byGetty Images
posted2015/06/27 10:50
1年半ぶりの試合でもその卓越したテイクダウン能力は健在だった川尻達也。9月の日本大会への参戦も希望している。
川尻は、無骨で泥臭い戦い方にこだわった。
シヴァーのテイクダウンディフェンスは堅牢だった。片足タックルで一本足の状態になっても倒れてくれない。川尻より一回り大きく見える体格もあって、その姿は岩山を思わせた。
それでも川尻はタックルで攻める。掴んだ足を決して離さず、金網に押し付け、ひたすらしつこくテイクダウンを狙う。文字どおり、“石にかじりついてでも”という無骨で泥臭い闘い方だ。
3度タックルを切られ、4度目に成功したのは1ラウンド終盤のことだった。2ラウンドにはマウントポジションを奪い、最終3ラウンドもトップをキープして終わった。判定は3-0。自分を信じ、自分のスタイルを信じて掴んだ1年半ぶりの勝利だった。
KOや一本で決着がついたわけではない。スペクタクルな場面はなく、いわゆる激闘とはいえない試合だった。だがそれでも、日本の格闘技ファンは沸きに沸いた。
日曜の早朝に、凄まじい速さでタイムラインが進んだ。
インターネットでの生中継は日曜の早朝。なのに筆者のツイッターは凄まじい速さでタイムラインが進む。そのほとんどが「やった!」、「川尻おめでとう!」という書き込みだった。川尻が所属するジム・T-BLOODでは、選手や会員が集まって川尻を応援していた。興奮と感激のあまり、そのまま練習を始めた者もいたという。
川尻が味わった苦しみと不安を、日本で格闘技を愛する人間なら誰もが共有していたといっていい。ずっと前からそうだったのだ。常に川尻と併走してきた。
“UFC帰り”の宇野薫を修斗で迎え撃った一戦。PRIDE武士道での五味隆典との“決闘”。DREAMにおけるエディ・アルバレスとの火の出るような打ち合いと青木真也戦での一本負け。2011年春、アメリカでのギルバート・メレンデス戦を控えた時期に、被災地である地元の茨城で練習を続けたこともファンなら知っている。
我々は何度も何度も悔しさを味わった川尻を見ている。もはや彼の人生を他人事とは思えなくなっている。だから“ただの1勝”がどれだけ重いのかも分かる。まして、彼がいま闘っている場所はUFCだ。37歳、網膜剥離で一度は引退を決意した男が、世界最高峰の舞台で常連ファイターを相手に勝利をあげたのだ。