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戦前の東京を沸かせた「幻の球場」がよみがえる。
~『洲崎球場のポール際』を読む~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2015/03/29 10:30

戦前の東京を沸かせた「幻の球場」がよみがえる。~『洲崎球場のポール際』を読む~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『洲崎球場のポール際』森田創著 講談社 1500円+税

 電鉄会社に勤める元野球少年の著者は、プロ野球専門球場としてわずか2年ほどで“生涯”を終えた洲崎球場に取りつかれた。本書はその「幻の球場」を中心に黎明期の職業野球をよみがえらせた力作だ。

 夜半近く読了し、テレビをつけると、野球試合の白黒映像が流れた。低い外野スタンドの外に海が広がり、両軍選手のプレーがロングショットで撮られ、観客で埋まった内野スタンドが映り、試合終了で大相撲の番狂わせの後のように沢山の座布団がグラウンドに舞った。プロ野球初の日本一を決める1936年(昭和11年)12月11日、洲崎球場での巨人対タイガース戦。観客が撮っていた8ミリフィルムを著者が発見した驚きの映像を伝えるNHKのニュースだった。

戦争が近付く中、野球を愛する人々が球場に集った。

 フィルムの試合は1章を割いて詳細に綴られる。風邪をひいた巨人の藤本定義監督は喉に白い湿布を巻いて(映像にある)指揮を執った。巨人の支えは茂林寺の猛練習と精神力と沢村栄治だ。連投を嫌う藤本だが、宿舎のミーティングで沢村は煎餅を食べながら「3連投しても構いません」という。タイガースは、打倒沢村にかける。当時の新聞や膨大な文献を集め、埋もれた資料を発掘し、川上哲治氏や観客たちの証言を聞いて回った。投げ込まれた貸座布団の料金は5銭などという細部に何事も洩らすまいとする著者の執念が現われているようだ。

 埋め立て地に急造された木造球場は、満潮になればグラウンドも水浸し。けれども戦争が近付く中、そんなオンボロ球場に集まった選手、観客、球界関係者の野球への情熱がたまらない。球場をランドマークに下町が開けていく様子、球団と結びついた新聞社間の販売拡張競争も面白い。野球記者OBとして感想はちょっと複雑だ。登場人物のかなりの人々に会っていた。沢村の捕手と承知で内堀スカウトに「ドラフト1位指名は誰ですか」などとやっていたのだから。最も打たれたのは、著者の記録に留めておかねばとの思いだ。洲崎球場は昭和14年(1939年)を最後に記録から消え、少なからぬ選手が戦場に散った。本書は選手と球場への「鎮魂の書」でもあるだろう。

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