三浦知良の名言
47歳の今も、20歳の時と情熱は全く変わっていない。ただ、あの頃のひとつひとつの経験は、本当に重かったし、今の自分を作った礎になっていることは間違いない。
三浦知良(サッカー)
20歳のころ、三浦はブラジルにいた。サンパウロ州1部のキンゼ・デ・ジャウーという小さなクラブでプレーしながら、日本代表でワールドカップに出場するという夢を抱いていた。「ワールドカップを考えたら、いずれは日本に戻らなければならないのかな、とは当時から思ってました。でも、まずはブラジルで活躍しないと、というのが20歳のときの思いでした」と回想する。この後、23歳となった'90年に帰国し、Jリーグ発足に向けて先頭を走っていくのである。
Number870号(2015/01/22)
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