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羽生結弦が見せた王者の誇りと、
男子フィギュア最悪の事故の背景。

posted2014/11/10 16:30

 
羽生結弦が見せた王者の誇りと、男子フィギュア最悪の事故の背景。<Number Web> photograph by YUTAKA/AFLO SPORT

痛々しい治療跡を見せたまま、最後まで滑りきった羽生。フィギュア界だけでなく、他のスポーツジャンルからも、その強行出場と現場の医療態勢を巡って議論が巻き起こっている。

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田村明子

田村明子Akiko Tamura

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YUTAKA/AFLO SPORT

 何という大会になったのか――。11月7日から上海で開催された中国杯は、誰も予想していなかった前代未聞の事態が起きた。

 男子フリー最終グループの6分間ウォームアップの最中に、羽生結弦が中国のエン・カンとフルスピードで激突するというアクシデントが起きたのだ。

 氷上に倒れた2人のうち、カンが先に自力で起き上がった。羽生はしばらく苦しそうに激しく呼吸をしている様子が見てとれたが、ようやく到着した救急班に支えられて身を起こした。こめかみとあごの傷から流れた血が首をぬらすという悲惨な姿だったが、自力で氷から上がった。よほどの痛みだったに違いない。顔はすっかり青ざめ、目もうつろになっていた。

本人の強い意志で競技決行。

 まさかこのアクシデントの後に滑るなど、不可能だろう。誰もがそう思ったに違いない。だが棄権をしなかったのは、本人の強い意志だったとコーチのブライアン・オーサーは説明する。

「ユヅルはすぐに、それでも試合に出ると言いました。でも私は、彼の体が大丈夫であることをまず確認しなくてはと思った。彼に、『今はヒーローになろうとするべき時じゃない。自分の体がまず第一だ』と言ったんです」

 だがそれでも羽生の意志は固かった。オーサーは彼の目などをチェックして、脳震盪の兆候が見られないことを確認してから、最終的に本人の意志を尊重することにしたのだという。

5回転倒するも最後まで諦めなかった羽生。

 予定時間よりも50分ほどの遅れで羽生が登場すると、場内は大きな歓声に包まれた。新フリーはシェイリーン・ボーン振付による「オペラ座の怪人」である。だが羽生は冒頭の4サルコウ、そして4トウループと続けて転倒。まだ脚が自分のものではないように、体重を支えきれないように見えた。中盤では絶対に失敗しないと言ってもよいほど得意な3アクセルですら、1回目は降りることはできなかった。

 羽生は結局5回転倒した。それでも最後の最後まで、ジャンプをパンクさせることなく、転んでも、転んでも、諦めずに跳び続けた羽生の演技は、何か鬼気迫るものを感じさせた。

 頭にバンデージ、あごにもバンソウコウをつけた姿でキス&クライに座った羽生は、自分の得点を見ると両手で顔を覆って泣き崩れた。最後まで滑り終えることができてほっとしたのか、あるいはこれほど過酷な状態でも暫定1位になったことに対する喜びの涙だったのだろう。転倒5回でマイナス5ポイント引かれたものの、ほとんどのジャンプの回転が回りきっていたこともあり、フリーも総合も2位を保った。

【次ページ】 かつてはなかった男子の衝突事故。

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