フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
羽生結弦が見せた王者の誇りと、
男子フィギュア最悪の事故の背景。
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2014/11/10 16:30
痛々しい治療跡を見せたまま、最後まで滑りきった羽生。フィギュア界だけでなく、他のスポーツジャンルからも、その強行出場と現場の医療態勢を巡って議論が巻き起こっている。
かつてはなかった男子の衝突事故。
このような事故が起きると、フィギュアスケートの選手がいかに危険と隣りあわせで滑っているのか、改めて思い知らされる。
練習中の大きな接触事故は、これまでも時々起きていた。年季の入ったスケートファンならば1991年の世界選手権のウォームアップの最中、伊藤みどりがフランスの選手に激突された事故を覚えているだろう。リレハンメル五輪では、フリーの前日にオクサナ・バイウルがドイツの選手と衝突して脚を3針縫うという怪我をしながらも金メダルをとったことは大きなニュースになった。人数の多いペアやアイスダンスの練習ではもっと接触が起こりやすく、選手生命に関わるような大きな事故も何度か起こっている。
だが男子シングルでの衝突事故というのは、かつては聞かないことだった。
五輪のウォームアップでペアの接触事故が起きた2002年、まだ現役だった本田武史が「男子シングルでは衝突事故というものは起きたことがない。皆周りをよく見ているし、直前のギリギリになっても絶対によけられる反射神経があるからだと思います」と語ってくれたことがある。
難易度の上昇に伴い増える事故。
状況が変わったのは現在の採点システムになってから、それもごく最近のことである。2010年10月末にスケートカナダの公式練習中、パトリック・チャンとアダム・リッポンが激突。同じ年の12月には北京で行われたGPファイナルの練習中に小塚崇彦と高橋大輔が衝突した。2012年の中国杯では、やはりアダム・リッポンが中国のナン・ソンと激しく衝突し、ソンは脳震盪で病院に運ばれた。
こうしたトップの男子たちの反射神経をもってしても、事故が避けられなくなってきたのはなぜなのか。それは、今の採点システムで求められているものが以前に比べて格段に過酷になったためではないだろうか。
現在の採点システムでは、スケーティング技術が具体的な数値で評価を受けるようになった。それだけに選手も以前よりさらに、スピードを上げることを意識して滑っている。またジャンプのみならず、スピンやステップに関しても細かくレベル分けされるため、気を抜ける部分がまったくなくなってしまった。わずか6分間の間に必要なことをさらっていくためには、どの選手も余裕などなく、自分のことに集中しきっているのだ。