フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
羽生結弦が見せた王者の誇りと、
男子フィギュア最悪の事故の背景。
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2014/11/10 16:30
痛々しい治療跡を見せたまま、最後まで滑りきった羽生。フィギュア界だけでなく、他のスポーツジャンルからも、その強行出場と現場の医療態勢を巡って議論が巻き起こっている。
求められるISUの対応。
今回の事故でも、倒れた選手がいるのに、ほかの選手が立ち止まらずウォームアップを続けていたのは、一般の目からは異様にも見えたことだろう。だがこれは実は毎回のことで、選手は普段から、何が起きても自分のことに集中するよう指導を受けているのだ。
もっとも今回の医療班の対応の遅さは、批難されても仕方がないだろう。担架の用意もなく羽生を歩かせたことにも、大きな疑問を感じる。
トップレベルの競技スポーツには過酷さとリスクが伴うのはやむを得ないことではある。だが今回のような事態を避けるためにISUがどのようなことができるのか、改めて考えていく必要があるのではないだろうか。
なぜそこまで無理をしたのか?
出場したときの羽生の体がどのような状態だったのか、それは本人にしかわからない。だが医療関係者たちからは、あの事故の直後に滑ったのは無謀だったのではという声も聞かれる。4分半のフリーは、調整の完璧なアスリートにとっても体に大きな負担がかかる。一体なぜ、そこまで無理をしたのだろう。
羽生は10月初頭に予定していたフィンランディア杯を、腰痛のために欠場している。そしてシーズン初戦であるこの中国杯では、SPでジャンプミスが出て2位スタートという予想外の結果になり、「最悪でした。悔しいです」と苦笑いして見せた。
五輪チャンピオンとして、シーズンの初試合で中途半端なことはできない。羽生の中に、そういう強い気持ちがあったに違いない。五輪王者、世界王者としての誇りが、途中で棄権することを許さなかったのだろう。
試合後、日本に帰国して精密検査を受けた羽生だが、「頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫で全治2~3週間」という診断で、3週間後のNHK杯に向けての調整が微妙な状況にある。