Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<僕はこんなものを食べてきた> イチロー 「超こだわりの食伝説」
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byNaoya Sanuki
posted2011/01/20 08:00
箸はやわらかく握ってキレイに持つ。最近はまっているのは珈琲で、
オフはコンビニのパンを朝昼兼用の常食にする。
そんな男の食にまつわるエトセトラ。
もはや、都市伝説の域だ。
イチローの鋭すぎる味覚について、こんな話がある。叙々苑の焼肉のたれの在庫が底をつき、少し足りないと感じたので、そこに三幸園の焼肉のたれを混ぜた。焼肉のたれは味も濃いし、大勢に影響があろうはずがない。そう思った妻は、叙々苑にほんのわずか、三幸園を混ぜたたれをイチローに出した。大好物の焼肉をそのたれにつけて、口に運んだその瞬間、イチローがこう呟いたのだという。
「あれっ!?」――。
まさかと思ったこの都市伝説、事実だった。
「そんなこと、ありましたね。何滴かだけらしいんですけど、混ぜたのは。でも、これはいつものと違うと感じて……弓子、ひっくりかえってました」
焼肉のたれといえば、イチローにとって欠かせないのは、白いごはんである。彼の白飯に対する思い入れは、尋常ではない。
「ウチでは焼肉をする時、必ずごはんを炊きます。焼肉のたれがちょっとついたごはん、最高ですからね。もちろん、炊き立ては大前提。僕はその炊き立てのごはんを自分で(茶碗に)つぎたい。お釜をあけた時のあの匂いがたまりません。そして炊けたごはんの一番上の、薄いところだけをすくう。僕は、ごはんに対する意識はオタク級ですから(笑)。人生最後の食事は何を、と訊かれたら、必ず、炊き立てのごはん、と答えます」
「今は『ミシュラン』とか『食べログ』とか、情報があり過ぎます」
イチローの贅沢は、値段ではない。彼が美味しいと感じるものを、食べたい時に食べるのが、この上ない贅沢。だから――。
「今は『ミシュラン』とか『食べログ』とか、情報があり過ぎます。評価の高いお店って予約が取れないんです。だから、行きたくても行けない。食べたいときって、いつ来るかわからないのに、そんな、3週間も前から予約なんかできるかって思いますよ。食べたいときに食べるのがいちばん美味いんだから、そのときダメだったら、テンション下がっちゃいます」
三ツ星のレストランがダメでも、イチローには心強い味方がいる。それがコンビニだ。
「日本のコンビニはすごいですね。華があります。僕、オフの朝昼兼用はほぼ毎日、コンビニのパンなんです」
イチローが子どもの頃、食卓にしばしば並ぶ定番メニューは、何だったのか。
「母親の料理で覚えてるのはトンカツ、カレー、ダイコンの味噌汁。あとは料理ではありませんが、僕が大好きだった牛肉の刺身です。わかりやすい贅沢は、土曜日のステーキ。僕もスーパーへ行って、でっかい肉の塊からヒレステーキをカットしてもらうんですけど、あれは特別な感じがありました。ウチの食卓に並んでいるものは、僕だけ違っていましたね。僕以外に肉刺しはなかったし、兄貴とは好みもまったく違いましたから……」