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カブスの惨事と生贄の10年。
~バートマン事件が変えた運命~ 

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2013/10/19 08:03

カブスの惨事と生贄の10年。~バートマン事件が変えた運命~<Number Web> photograph by Getty Images

運命を変えた1球だが、もしカブスが勝っていれば問題にならなかっただろう。

 予想どおりポストシーズンがもつれている。アスレティックスは今年も呪いを克服できなかったし、6回までノーヒッター継続という試合は4度も見られたし、ほぼ勝敗の帰趨が定まっていた試合は満塁弾一発で振り出しに戻ったし、前の試合で4打数4三振だった新星ヤシエル・プイグは本拠地に帰ったとたんに大暴れをはじめた。

 この分では、どんなことが起こるかまだまだわからない。そういえば、10年前のいまごろも、とんでもない事件が起こって世間を騒然とさせたものだった。

 2003年10月14日。

 シカゴ・カブスのファンは、だれひとりこの日を忘れていないはずだ。

 カブス・ファンだけではない。野球好きならだれしも、あのシーンを眼に焼き付けているにちがいない。カブスの左翼手モイゼス・アルーと、カブス・ファンのスティーヴ・バートマンという26歳の青年がファウルボールに向かって同時に手を伸ばしたあの場面。球はふたりの手に触れて観客席に落下し、捕球しそこなったアルーは、グラヴをフェンスに叩きつけて悔しがった。

 あれはNLCSの第6戦だった。3勝2敗と優位に立ったカブスは、この試合も8回表まで3対0とリードを奪っていた。あとアウト5つを取れば、58年ぶりのワールドシリーズ進出が実現する。マウンド上は若き天才マーク・プライアー。ファウルフライを打ち上げたのはマーリンズのルイス・カスティーヨ。

バートマン青年は別室に連れ去られた。

 このプレーのあと、カブスはおかしくなった。マーリンズは大量8点を奪い、劇的な逆転勝利を収めた。流れは大きく変わり、翌日の第7戦にも勝ったマーリンズは、ワールドシリーズも制したのだった。

 大魚を逸したカブスは、戦犯探しに血道を上げた。1死一、二塁で簡単なショートゴロを大きくはじいて併殺を逃したアレックス・ゴンザレス。肩を冷やして急激に調子を崩したプライアー。そんなプライアーをあえて続投させたダスティ・ベイカー監督。

 しかし、最大の生贄はバートマン青年だった。黒いスウェットシャツに緑のタートルネック、カブスの青い帽子をかぶってその上にヘッドフォンを装着した眼鏡の青年の姿は、お尋ね者の手配書さながら全米に報道された。あの試合をテレビで見た人なら覚えているだろうが、バートマンは球場係員に両脇を抱えられて別室に連れ去られた。お灸をすえるためというより、カブス・ファンのリンチに遭うのを防ぐためだった。

【次ページ】 10年間、メディアからもスタジアムからも距離をとった。

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