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<東京五輪・名プレゼンの背景> 佐藤真海 「弱さと向き合ってきた人間として」 

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photograph byNanae Suzuki

posted2013/09/26 06:01

<東京五輪・名プレゼンの背景> 佐藤真海 「弱さと向き合ってきた人間として」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

自分を救い上げてくれた大会を身近に感じて欲しい。

 すごい大舞台でしたけど、自分が体験したことを話そうと思っていました。

 私も足を失うまでの20年間は、障害のある人を特別視していました。そして義足で走りはじめてからも、モヤモヤした気持ちを完全には吹っ切れずにいたんです。ガムシャラにやっていたけど、明るい将来が見えなかったり、つい過去を振り返ってしまったりで……。

 でも、'04年にアテネで初めてパラリンピックに出たとき、他のアスリートがすごく輝いていたことに圧倒されたんです。

 みんな、自分自身の持っている力を限界まで引き出すことに集中していたし、仕草や表情が底抜けに明るかった。その姿に触れて、私自身も何かを守るのではなくて、より強く一歩を踏み出すことが大切なんだと気付くことができました。「パラリンピックは4年間という時間をかけても、目指す価値のある場所だ」と思ったんです。そんな風に弱い自分を救い上げてくれた大会を日本でも多くの人に身近に感じて欲しくて、招致活動に携わってきました。

被災地出身だからと、嫌な言葉を投げかけられたことも。

<2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲いました。6日もの間、私は自分の家族が無事でいるかどうかわかりませんでした。そして家族を見つけ出したとき、自分の個人的な幸せなど、国民の深い悲しみとは比べものになりませんでした>

 東北や被災地のアスリートを代表して、私はあの場に立ったとは思っていません。

 ブエノスアイレスに行ってからも、日を追うごとに福島の汚染水の話が大きくなっていたし、被災地の復興もままならないのに、東京でオリンピックを開催することへの反対意見も耳に入ってきました。被災地出身だからと、あらぬ誤解を受けて嫌な言葉を投げかけられたこともあります。私自身にも葛藤があったから、それは、すごく負担でした。

葛藤を乗り越えた佐藤は失ってしまった過去よりも、未来を見据えている。
東京パラリンピックでは自身が参加した昨年のロンドン大会のように、
最高の雰囲気の中で多くのアスリートが躍動することを願っている――。
つづきは、雑誌「Number」837号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
時代を動かす5人の戦術家。~EUROPEAN FOOTBALL 2013-2014~
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