野球クロスロードBACK NUMBER
工藤公康47歳、今季も一軍。
プロ29年目の男の意地を見よ!
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byToshiya Kondo
posted2010/07/26 11:50
たった11球とはいえ、西武の工藤公康にとってそれは、とても意味のあるマウンドだった。
20日のソフトバンク戦、7回1死一塁の場面で2番手として登板。先頭の川崎宗則に四球を与え一、二塁とピンチを広げてしまうが、続く本多雄一をレフトフライ、ペタジーニをショートゴロに抑え無失点で切り抜けた。
シーズン初登板だった。工藤からすれば、出遅れたものの無事に一軍で投げられてホッとした、といったところだろう。一方でこの登板は、自身のプロ野球記録を更新する記念すべきマウンドとなった。
実働29年――。プロ野球の長い歴史のなかで、これほど長く現役を続けた選手は工藤以外には誰もいない。漫画家の水島新司は、70歳を過ぎてもなおマウンドに立ち続ける「野球狂の詩」の岩田鉄五郎に対して、「彼は夢のキャラクターだから、ありえないこと」と言っていたことがあるが、工藤は、そのマンガのような、ある種の「ありえない領域」に、踏み込みつつあるのかもしれない。
「泥臭くやる。ドロドロになるまで」
入団以来、先発投手として数々の栄光を手にしてきた。現役生活は20年以上。200勝も達成しての引退となれば、プロ野球の世界では大往生である。そのため、現在の中継ぎでの工藤の姿を見て、「もう十分やったじゃないか」と感じてしまう人もいるだろう。
だが、本人の志は、まだまだ衰えを知らない。
たとえば、王貞治が30本塁打を放ちながらも、「王貞治のバッティングができなくなった」と引退したように、「引き際」は人それぞれである。しかし、工藤はその引き際を考えたことがないという。先発で通用しないのなら中継ぎで。1イニングももたなければワンポイントでもいい。とにかく、自分の力を必要としてくれるチーム、人間がいる限り投げ続ける。
「これまでの野球人生は悔いだらけ。だから泥臭くやる。ドロドロになるまで」
それが、今の工藤の本音だ。
屈辱的な起用をされても、文句も泣き言も言わない!
だから、ベンチからどんな指示を出されようとも文句を言わない。
昨シーズン、リリーフに転向した横浜ではこんなシーンがあった。8月12日のヤクルト戦、3対1と横浜リードで迎えた7回、工藤は2番手としてマウンドに上がった。しかし、先頭のガイエルに安打を許したところで早々と降板。スタンドからは、采配への疑問の声が次々と飛ぶ。それでも当の本人は、表情を変えずにベンチへと戻っていった。
以前、工藤はこう話してくれた。
「現役でいればいるほど、実績なんていうのは関係ないんだなって思います。『こういう起用をしてもらわないと困る』とか自分が言えば、実績がある分、チームも気を使ってそうしようとしてくれますよね。だからこそ、それをさせてはいけないんだ、と」
そんなふうに思えるようになったのは、'08年にシーズンのほとんどをファームで暮らしたことが大きかった。そこで、一軍に上がりたくても上がれない悔しさ、過去ではなく今の結果が全てだという現実を、プロ27年目にして遅ればせながら痛感することができた。