トライアウトは叱咤激励してくれるファンのために。

　古木の野球へのモチベーションは急速に冷めていった。トライアウトを受けても周囲の慰み者になるだけ。1年間やるだけのことはやり切ったら引退しよう。本気でそんなことを考えるようになっていたという。

　それでもトライアウトにはエントリーギリギリで申し込んでいた。古木の復帰を支え応援してくれる人たちの叱咤激励。そして連日のように「頑張れ」「応援しています」と声を上げる、Facebookで約5000人、Twitterで1万人のファン。それらの存在を無視するわけにはいかなかったからだ。

「これだけ応援してくれる人が居たら、やらないわけに行きませんからね。本当に感謝しているんだけど、嬉しいんですけど、でも、この人たちはこんな俺に一体何を期待しているんだ？　って毎回、不思議に思うんです。NPBへの復帰は絶望的でしょう。そんな中、トライアウトで何をすればいいのか。当日は各球団へのアピールじゃない、古木克明の野球をやりに行くこと、『参加者のなかで一番いい顔をして野球をやってやろう』と意識して臨みましたよ」

「成長を実感してしまったので、野球は辞められない」

「だけど……途中から本当に楽しくなっちゃって。試合に出られる、プロ野球の投手と真剣勝負ができる、それがこんなに楽しいことなんて忘れていた。打席に立ったら、ついていけるんですよ。オレ140キロのボール久しぶりに見たんだよな？　左ピッチャーも嫌いだったのに全然ついて行けるじゃん！　ファールになったけど、あんなに振れるなんて、何十年もなかった話ですよ。変な話、トライアウトを受ける前には、心のどこかで『これでけじめをつけられる』と思っていたのに、打席を通じて自分が成長していることを実感してしまった。これは絶対に辞められない。NPBに戻れれば一番いいですけど、試合に出られるなら、台湾でもイタリアでもどこの国に行ったっていい。どんな条件でもやれる自信はあります。給料がない今の方が生活は厳しいでしょうし（笑）」

　なんという、一発逆転。真剣勝負の中で、見えなかったものが見え、できなかったことができる。引退のケジメにしようとした試合で、今が野球人生で一番いい状態だと気が付いた。これぞダイハード野球人・古木克明の本領発揮。死の淵から何度でも蘇る。

【次ページ】　「離れて暮らす娘が誇りに思えるカッコいい親父になる」