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ロンドンで完全勝利を目指す
鉄人が本当に超えたもの。
~室伏広治・著『超える力』を読む~
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph bySports Graphic Number
posted2012/07/31 06:00
『超える力』 室伏広治著 文藝春秋 1300円+税
「ロンドンでは完全勝利する、というのが目標です。何が起きても、仮にドーピングする選手がいても、全てを超えるということです」
室伏広治からそう聞いたのは、2年前の夏のことだ。いつも、どこか勝負を超越した感さえある彼には珍しく「勝利」を口にしていた。繰上げ金メダルとなったアテネ、結局は5位に終わった北京と、五輪では海外選手のドーピング問題に翻弄された。競技人生の集大成となる4度目の五輪へ。正義の戦いを訴えてきた室伏の思いの強さを感じたものだった。
身体機能向上メソッドに言及するなど、研究者としての一面も。
そのロンドン五輪開幕を前に、室伏は初の自伝的著書を上梓した。その名も『超える力』だ。金メダルを狙う大舞台を前にした自著の発表は、異例かも知れない。だが、37歳の室伏には、自身の軌跡を整理することが「ロンドン五輪へ向けた万全の準備の一つ」でもある。さらに、アスリート兼研究者として取り組んでいる身体機能向上の新たなメソッドの確立や、セカンドキャリアについての提唱など、今後の人生プランも詳述しており、従来のアスリート本の枠を超えている。
偉大な父の日本記録、世界と戦える証の80m、世界大会でのライバルとの勝負、ドーピング問題、度重なる故障、加齢による身体の変化……。あらゆるものを超えてきた中で、室伏の意識は、勝負そのものから、不正行為との戦い、年齢という限界への挑戦、ハンマー投げの奥義の追求へと変わっていった。
その飽くなき探究心の原点は、2000年のシドニー五輪での敗北にあった。金メダルも有力視されていた初の五輪で9位。決勝の1投目は優勝ラインの80m付近まで届いていたがわずかに左にそれてファウルになると、その後、低調な記録が続いた。急激な天候の変化による悪コンディションもあったが、室伏はその敗因が自らの心にあったという。