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ロンドンで完全勝利を目指す
鉄人が本当に超えたもの。
~室伏広治・著『超える力』を読む~
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph bySports Graphic Number
posted2012/07/31 06:00
『超える力』 室伏広治著 文藝春秋 1300円+税
シドニーでの敗戦で気づいた「勝利至上主義」の弱点。
〈ファウルをした後の投てきを修正できなかったのは記録を残して4投目以降に進もうと意識しすぎたためではないのか。勝ちを意識するあまり、投てきを楽しめていなかったのだ。もちろん、私はどの大会も優勝をめざして臨む。シドニー大会もそうだったが、その一方で勝利至上主義や金メダルしか考えていないモチベーションはなんと脆いものなのだろうかと思った。これからもハンマー投げを続けていくには、勝ちさえすればいいという偏狭な考えではいけない。ハンマーを投げることが楽しいという、私自身の原点に戻ることが必要だった。(略)優勝するのに越したことはないが、25歳で金メダルを獲得していれば、慢心していたかもしれず、負けたからこそ「勝利至上主義」をモチベーションとする弱さに気づくことができたような気がする〉
勝利至上主義からの脱却を果たしてこそ、本当に強くなれる――。この武道の達人のような、一見パラドキシカルな真理に気づき、実践してきたことが、4年後のアテネの金メダル、昨年の世界選手権最年長優勝に繋がった。室伏が本当に超えてきたものは「自分」だったのだ。
金メダルの先にまだ追求するものがあるのではないか。
〈金メダルを取ったことはアスリート人生のゴールではない。金メダルの先にまだ追求するものがあるのではないかと考えたとき、思い浮かんだのは、結果ではなく、そのプロセス、そして再び挑戦しようとする「心」である。さらに競技を続けていくことに、もっと崇高な価値を感じるようになったのである。日本の武道や茶道や華道といった芸道同様に極めていくものがあるように感じるに至った。それは言わば「道」のようなものではないだろうか〉
一途で純粋な心には終わりがない。きっとロンドンでも、室伏は力むことなく、穏やかな微笑を湛えてサークルに立つことだろう。今度こそ、正々堂々の勝負で完全勝利する姿を見てみたい。