Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<金メダルへの自己改造> 松田丈志 「怪物フェルプスを超えろ」
photograph byTamon Matsuzono
posted2012/07/04 06:01
発表してきた特別連載「LONDON CALLING~ロンドンが呼んでいる~」。
五輪開幕まで1カ月を切ってカウントダウンが始まったこの時期に、
いよいよNumber Webで一挙公開していくことになりました!
今回は、水泳バタフライ日本代表で、
北京に続くメダルが期待される松田丈志選手。
いつもあと一歩届かない “怪物”にどうすれば勝てるのか――。
打倒フェルプスへの確かな手ごたえを掴んだ米国での練習に迫った、
Number792号(2011年11月25日発売)掲載のドキュメントをお届けします。
五輪史上最多の金メダル14個を持つ競泳界の怪物、マイケル・フェルプスに勝つための練習が、延岡市立東海(とうみ)中学校の25mプールで進められていた。通称「ビニールハウスプール」と呼ばれる手作りの屋内プールを10月24日に訪ねると、7月の世界選手権で200mバタフライの銀メダリストになった松田丈志が1人で第5コースを泳いでいた。
自由形中長距離の国内第一人者でもあるが、五輪でメダル獲得がもっとも期待されているのは200mバタフライ。しかしそこはフェルプスの牙城でもある。2004年アテネ五輪は自らの準決勝敗退で決勝での対戦がかなわず、'08年北京五輪は力及ばず銅メダル。その後'09年、'11年と2度の世界選手権でも追い抜けなかった。「ロンドン五輪ではフェルプスに勝って、君が代を聴く。それしか考えられない」と言うが、その思いと現実はいかに結びつけられるのだろうか。
「世界記録、出るんじゃないかな」。コーチの予言があわや……。
ビニールハウスプールを訪ねた日、コーチの久世由美子はいつもの通り、手書きの練習メニューを松田に渡し、1本ごとに泳ぎのタイムを自分のノートに書き写していた。その日の練習がトータルの距離にして7000mから8000mにさしかかった頃、つぶやいた。
「世界記録、出るんじゃないかなあ」
その予感は現実になりかけた。それから約3週間後の11月12日。東京辰巳国際水泳場で開かれた短水路(25m)のワールドカップ東京大会は、2000人を超す観客で満員になっていた。男子200mバタフライに出た松田は50mのラップタイムで短水路世界記録のペースを上回った。100mは記録より1秒以上速い52秒21。松田はドルフィンキックの潜水から浮かび上がると、水中でのスピードをいかして伸びやかな泳ぎへと滑らかに移る。25mを7かきのリズムでぐいぐい進んだ。
150mは世界記録のラップからわずかに遅れて1分20秒51。最後の50mは、ターン後のドルフィンキックの力が落ちたのか、25mに8かきを要した。ペースも落ちて世界記録の1分49秒11にはわずかに及ばず1分49秒50。しかし1分50秒を初めて切る日本新記録となった。
お立ち台で館内向けのインタビューに答えた松田は落ち着いた様子で話し始めた。
「世界記録は頭に入っていましたが、力むと命取りなのが短水路なので気を付けました。ターンの後、水中でスピードが上げられるようになったと思います。また短水路を泳ぐ機会があれば、世界新記録は出せると思います」
ドルフィンキックだけで進む水中の速さ。それが日本記録更新の鍵だった。それはフェルプス打倒の鍵でもある。この快泳を松田の挑戦が一歩前に進んだ証拠だととらえ、記者たちは質問を重ねた。