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<金メダルへの自己改造> 松田丈志 「怪物フェルプスを超えろ」
photograph byTamon Matsuzono
posted2012/07/04 06:01
技術面の差ではなく、しつこい練習こそ速さの秘訣。
練習中の松田はいつも、一緒に泳ぎながらロクテのドルフィンキックを水中で見ていた。ある日の午前中の練習が終わった後、通訳を介してロクテに話しかけ、「どういうふうにドルフィンキックをしているのか」と聞いた。松田は、なにか技術的な秘訣があるのだろうと思っていた。
「なぜそんなことを聞くんだ? という顔をされました。そして、君だって知っているだろう、と言われました」
ロクテは松田に自分がどんな感覚で水を蹴っているのか、率直な表現でわかりやすく説明してくれた。そして「午後の練習で見せてあげようか」とも言ってくれた。しかしそれは、改めて見本を示してもらう必要がないぐらい基本的なことだった。
「僕だけでなく、日本の水泳関係者の多くは、日本と世界のトップの間には、テクニック的な要素に差があると考えがちです。体型の違いが大きいとも言われている。でも実際に向こうで一緒に練習してみたら、実はテクニックには違いはなくて、どこまで徹底してやっているかの差でした。体型の違いもあまり関係ないと思いました。ロクテのドルフィンキックの速さの秘訣は、しつこい練習。陸上のトレーニングで体幹を鍛えるときも、やり方は僕たちが昔からやっている方法とあまり変わらないけれど、負荷が強い。そういう練習をしているから、スタートでも、ターンでも、ロクテは体の軸がぶれない。だからスピードを上げようとしたときに、ブンと加速できるんです」
米国で得たシンプルな答え。「強くなりたければやるしかない」
松田が米国から持ち帰ったのは、技術ではなく、どこまでやるべきかという「新しい常識」だった。
「強くなりたければやるしかない」
日本に帰ってから続けている練習がある。ドルフィンキックを今までよりも速いペースで打ち続け、しかもそれを何本も繰り返す。ロクテの速さとねばり強さを意識した練習だ。
フロリダ州立大学では、自分の好きな泳法のキックだけで長時間泳ぎ続ける練習として行なわれていた。初めてのとき松田は、それをクロールのキックで取り組んだ。プールサイドで見ていた久世は、ロクテがドルフィンキックで泳いでいることに気づいた。しかも松田より速いペースで数も多く繰り返していた。松田と久世は、この練習がロクテのドルフィンキックの土台になっていると考えた。
「日本のトップ選手ならだれでもできる練習です。でも、それを毎週、毎週、ずっとやり続けられるかどうか。そこが差になります。僕もロクテと一緒に練習する前なら、同じことを何十本も繰り返す練習に果たして意味があるだろうかと疑問を持ったはずです。でも、ロクテがあれだけ粘っこくやっているのを見て、強くなりたければやるしかないと思うようになりました。コツコツやっていくしかないんです」