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パッキャオの苦戦とゆるやかな衰退。
~最強王者、まさかの王座陥落~ 

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2012/06/17 08:01

パッキャオの苦戦とゆるやかな衰退。~最強王者、まさかの王座陥落~<Number Web> photograph by Getty Images

疑問の声が噴出した判定に、WBOは国際ジャッジ5人による精査を行なうことを明らかにした。

“殺人者の本能”を隠した「省エネ攻撃」が敗因か。

 それでも、3ラウンドから5ラウンドにかけては、パッキャオの圧倒的優勢だった。5年前の彼ならこの9分の間にまちがいなく倒していた、と思わせるほど、パッキャオの着弾率は高かった。が、もどかしいことに、得意の左ストレートが突き抜けない。当たりはするのだが、貫通しないのだ。

 もうひとつ気になったのは、パッキャオの「省エネ攻撃」だった。倒す気がなかったわけではないだろうが、ラウンドの最初2分、彼の攻撃には迫力が感じられなかった。つまり、殺人者の本能を覗かせるのはラスト1分に限られていた。これではブラッドリーに体力回復の機会を与えてしまう。

 案の定、7ラウンドからブラッドリーにセカンド・ウィンドが吹いた。動きに精彩が戻ってきたのだ。同時に、パッキャオのオーラが急に薄くなった。ゆるやかな上り坂とゆるやかな下り坂の交錯。パッキャオを倒す力をブラッドリーは持っていないが、どちらかを優勢にしなければならない採点法では彼が得をする。8ラウンドから12ラウンドまでの5ラウンド、私の採点では10対9でブラッドリーが取りつづけた。

 結局、試合は一度も炎上することなく鎮火した。ジャッジの採点は、ふたりが115対113でブラッドリー。ひとりが逆に115対113でパッキャオ。私のノートは115対113でパッキャオ。翌日の報道を見ると、APの採点は117対111でパッキャオ、スポーツ・イラストレイテッドの採点も116対112でパッキャオの勝利を主張していた。

この敗北でもパッキャオのオーラが消えることはない。

 まあ、判定にめくじらを立てるのはこの稿の目的ではない。ブラッドリー自身、試合直後、プロモーターのボブ・アラムに「がんばったけど、かなわなかった」とつぶやいているくらいだ。

 ただ、パッキャオにいつもの畳み掛ける連打が見られなくなったのは寂しい。

 33歳という年齢を指摘する声もあるが、いまのボクシング界には彼よりも高齢の実力者が何人もいる。宿敵メイウェザーは35歳だし、先日競り合ったマルケスが38歳、ミドル級の強豪セルヒオ・マルティネスも37歳、ヘビー級のヴィターリ・クリチコに至っては40歳の古豪だ。

 これは希望的観測を交えていうのだが、私は、パッキャオが急速に衰えることはないと見ている。下げ相場の途中でも、しぶとい「戻り」が何度か挿入されるのは波動の常識だ。

 全盛期のパッキャオとメイウェザーの対決が見られずじまいで終わったのは悔しいが、パッキャオの残照はまだしばらくつづくにちがいない。とりあえずは、'12年11月に予定されているブラッドリーとの再戦に期待しよう。

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マニー・パッキャオ
ティモシー・ブラッドリー

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