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<マラソン特別講義> 間寛平 「地球一周を達成した芸能界最強ランナー」 

text by

小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

PROFILE

photograph byAsami Enomoto

posted2012/04/29 08:00

<マラソン特別講義> 間寛平 「地球一周を達成した芸能界最強ランナー」<Number Web> photograph by Asami Enomoto
マラソンとは、最初から上手くいくスポーツではない。
失敗を乗り越えたからこそ満足のいく走りができる。
Number Do「RUNの学校。~ランニングが楽しくなる方法、教えます~」では、数々の実績を残してきた有名人ランナーを講師に迎え、マラソンにまつわる
自らの経験を語ってもらった。

今回は、ランニングとセーリングだけで地球を一周する「アースマラソン」を完走した間寛平さんの“貴重な教え”を公開します!

 まさに走る伝説だ。元祖ウルトラマラソンのスパルタスロン完走に始まり、1993年には24時間テレビで200kmを走破。昨年はランニングとヨットで地球を一周する、アースマラソンを見事にやり遂げた。だが、そんな寛平さんも走り始めたのは30代半ばから。いったいどんな成功と失敗を繰り返し、寛平流「走るメソッド」は確立されたのか。

こうして走ってるのはマネージャーが仕事をとってくるから。

 よく訊かれるんやけどな、スタミナつけたかったら山を走るといいねん。スタミナをつけるために、長い距離をやるよりも山を走る。それで48の時に自己ベストが出たからな。泊まったホテルが朝までカジノしてたから、3日ほど寝ずに臨んだんやけど、ラスベガスマラソンで3時間8分42秒。まだ体力があったから、ゴールしてそのままゴルフ行って、2ラウンド回ったんや。練習もすごくしたし、あの頃がピークやな。

 僕はそもそもずぼらな人間で、こうして走ってるのはマネージャーが仕事をとってくるから。初めてのフルマラソンもそうですよ。「ホノルル走って、郷ひろみの持つ芸能人記録を抜いてこい! そしたら給料を倍にしたる」って。

ホノルルマラソンでは、最後の坂を「給料倍やー」って登っていった。

 走れへんかったら半分減らすって言うから、こっちも必死や。会社は給料上げたくないから、直前まで言わへんねん。大会の2週間くらい前になって、いきなりその話があって、行ってこいと。せやから練習もしてないし、直前に16km走ったのが最高。それも借金取りに追われて走っただけやから、ほぼぶっつけ本番やな。たまたまレースの途中で元マラソン選手の寺沢徹と会わへんかったら、つぶれてたかもしれん。

 ホノルルマラソンは16km過ぎから下っていくんやけど、そこで行きかけた時に「まだ早い!」って手綱を引いてくれた。あの寺沢の意見やから聞かなあかんと思って、後半に脚をためたんや。そしたら案の定、下りでスピードを上げていったランナーはみな35km過ぎで倒れてた。こっちは体が動くし、最後の坂を「給料倍やー」って登っていった記憶があるわ。

「ああムリや」と思った瞬間に、足の裏にマメがバババッとできた。

 僕は競馬でも逃げ馬が好きで。たいていは最後につかまるんやけど、たまに逃げ切る時があるやん。でも、あれをマラソンでやると絶対に失敗する。

 めちゃくちゃ調子よくて、ハーフを1時間20分で行った時もやっぱり後半バテた。'91年のメルボルンマラソンで、タイムは3時間31分。前半抑えて1時間半で行ってたら、3時間を切れてたかもしれへんな。それと大事なんはやっぱり気持ちやわ。ギリシャのスパルタスロンで、190km過ぎでリタイアしたことがあんねん。最後のチェックポイントまであと6km。残り時間を訊いたら30分しかない。「ああムリや」と思った瞬間に、足の裏にマメがバババッとできた。気持ちが切れたからやな。もし走っててしんどくなったら、とりあえず隣のやつを見るようにしとる。こいつも同じようにしんどい、でも頑張っとるな。そう思ったら自分も頑張れるやん。

【次ページ】 ご飯も腹八分目、笑いも八分目、ランニングもそう。

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