プレミアリーグの時間BACK NUMBER
英雄アンリの復帰に沸くアーセナル。
8週間限りの甘美な時間と厳しい現実。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAFLO
posted2012/01/19 10:30
FAカップで決勝点を決め、喜びを爆発させるアンリ。赤白のユニフォームを纏う彼の姿は、かつて無敵と呼ばれたアーセナルをファンに思い出させたことだろう
夢から覚めたあとに残ったアンリ頼みの厳しい現実。
“アーセナル・ファミリー”にとって完璧なシナリオを自作自演したアンリは、「本当に夢を見ているようだ。明日の朝、誰かに夢の中の出来事だったと告げられなければいいけど」と笑顔を見せた。会場を後にするサポーターたちは、往年の『Henry 14』のレプリカを着た者も、新たな背番号12の上に『LEGEND』と入れたレプリカを着た者も、一様に満たされた表情で帰途についた。
しかし、その甘い夢に酔いしれた観衆でさえ、一夜明けて冷静に試合を振り返れば、現実に目を向けずにはいられなかったのではないだろうか?
アンリのクオリティ自体に疑いの余地はない。アレックス・ソングが最終ラインの裏に送ったパスに反応できた背景には19歳の相手右SBがアンリの動きを見落としたこともあるが、ファーストタッチでシュートの体勢に入り、ファーポスト側に流し込んだ通算227得点目は、アーセナルでの最盛期さながらのフィニッシュだった。得点シーンの前には、3度しかボールに触れていないのだから、その正確さと冷静さには恐れ入る。20分間強の出場で息が上がったように見えたが、元々は3月のMLS開幕に照準を絞っていたことを考えれば、コンディションの不備は仕方がない。
問題は、チームがアンリのゴールを必要としたという事実だ。
得点源で期待できるのはファン・ペルシひとりだけ!?
ファンもメディアも期待していた再デビューは、リーズという格下クラブを相手に勝負を決めた後で、余裕のゼスチャーとして実現するはずだった。ところが、アーセナルは、センターハーフのミケル・アルテタと右ウィンガーのアレックス・オクスレイド・チェンバレンが、1度ずつ相手GKにセーブを強いた他は、ゴール前で決め手を欠いた。1トップで先発したマルアン・シャマフと、左サイドからサポートを務めたアンドレイ・アルシャビンは、揃って枠を外した前半早々のシュートが象徴していたかのように、随所で決定力不足を覗わせた。アンリ投入前の、両軍無得点のピッチ上で際立っていたのは、チームのロビン・ファン・ペルシに対する依存度の高さだけだった。
試合当日、ドバイで束の間の休暇を過ごしていたファン・ペルシは、リーグ前半戦で、チーム総得点の半分近い17得点を1人で稼いでいる。チーム内の次点は、4得点のジェルビーニョ。シャマフとアルシャビンは、共に昨年9月の1ゴールのみでリーグ前半戦を終えている。
つまり、アフリカ選手権が終わる2月にジェルビーニョとシャマフが戻ったところで、主砲を欠けば得点に苦労する状況は変らない。FW転向を希望しているセオ・ウォルコット、昨夏に加入したパク・チュヨンらに期待が持てるようであれば、そもそも、アンリに期間限定の復帰を依頼する必要はなかった。指揮官は、12月上旬には短期レンタルで獲得の意向を固めていたと明かしている。