Column from SpainBACK NUMBER
バレンシア乱闘劇の一部始終。
text by
鈴井智彦Tomohiko Suzui
photograph byTomohiko Suzui
posted2007/03/16 00:00
メジャーリーグでは乱闘に参加しなければ罰金を課す球団があるという。NBAの規定では、乱闘になったとき、ベンチの選手は立ちあがっただけで罰金らしい。そうはいっても乱闘に加わらなければ、チームメイトから白い目で見られるだろう。だから、罰金よりも戦うことを選択する。
星野仙一監督時代の中日ドラゴンズ。「乱闘要員」などと呼ばれ、乱闘時に大活躍したのが控えの岩本好広選手である。星野流も戦ってナンボ、だった。
ミラノ・サンシーロでの第1戦を2対2の引き分けで迎えたチャンピオンズ・リーグ決勝トーナメント1回戦、バレンシアvs.インテル。第2戦は、バレンシアのリズムで進んだ。アウェーでの2ゴールを有効に生かしたバレンシアは、結局、スコアレスドローで逃げ切る。
そして、もっとも白熱したのが、試合終了後の乱闘だった──。
インテル、マテラッツィとバレンシア、アジャラが空中戦で競り合った直後、終了のホイッスル。バレンシアの選手たちはピッチの中央で喜び、叫んだ。マルチェナがガッツポーズ。ホアキンが抱きつき、シルバも加わる。
しかし、肩を落として引きあげてゆくインテルのなかで、ひとり喜びの輪の近くにいたニコラス・ブルディッソが、笑顔のホアキンに放送禁止用語を放った。当然、バレンシアのキャプテンのマルチェナも言い返す。「*@??だぁ」
プツリ。最初にキレたのは、ブルディッソだ。ホアキンとウーゴ・ビアナが仲裁に入るも、ブルは止まらない。拳は固く握られ、マルチェナへ殴りかかった。目はイッている。すっかり、戦闘態勢だ。
マルチェナはひらひらと交わしながら、数センチ前にまで来たブルにキックで応酬する。どうにか、コルドバとイブラヒモビッチがブルを羽交い締めにしておさまりがついた、と思いきや、一瞬の隙をついて再びマルチェナへ突進。しつこいアルゼンチン人。ミゲルが首根っこを抑えるも、猛突進。
そこで、現れたのがバレンシアのナバーロだった。オラァ!ガツン!右ストレートが決まった。バタリ。ブルディッソ、ダウン。流血。鼻骨折。
形勢逆転。逃げるナバーロ。今度はインテルの番だ。クルス、コルドバ、マリアーノ・ゴンザレス、サムエル、イブラヒモビッチ……etcがものすごい形相で追いかけ回す。命がけの鬼ごっこだ。まずは、クルスが飛んだ。スライディングタックルでナバーロの足を止めようとするが、30センチほど届かない。なんとかギリギリのところで、ナバーロはピッチから消えた。
まだ、続きがある。乱闘は再延長戦へと突入だ。ひと足先に逃げたナバーロを追って、トレドがバレンシアのロッカールームに乱入したのである。だが、姿が見当たらない。ナバーロは、キケ監督の素早い判断でスタジアムを後にしていたのである。テンパッたトレドはスタジアムの外、切符売り場まで追いかけていったという。
ミラノに着いてもトレドの怒りはおさまらなかった。
「離れたところでブルディッソを押さえつけていたのに、ナバーロっていう愚かなヤツがブルディッソの鼻を殴った。しかも、走って逃げたんだ。コルドバが蹴りつけたけど、届かなくて。最後はポリスに止められ……」
マルチェナ、ナバーロ(バレンシア)とマイコン、ブルディッソ、コルドバ(インテル)ら5人の処分は、3月22日のUEFA規律委員会でくだされる。また、警備員を突き飛ばしてバレンシアのロッカーに乱入したトレドと、帰り際にビジャをドツいたサムエルにもなんらかの処罰があってもおかしくはないといわれている。
翌日の記者会見で、ナバーロは言った。
「もし、足りないことがあればイタリアに行って謝罪します」
あの晩、彼は一睡もできなかった。心配してくれた父親とともに過ごした夜は、ずっと台所で泣いていたという。朝一番にキケ監督に電話を入れ、そのあとすぐブルディッソの携帯番号を押した。5時間かけて、何度もリダイアルしたけれども繋がらず、諦めて最後は携帯メールを送った。
「私はダビッド・ナバーロです。何度か電話したのですが、応答がありませんでした。昨日の行動を許していただきたいです。本当にすみませんでした」
ブルディッソからも返事が返ってきた。
「今日はたくさんの電話がかかってきていたし、誰からかわからなくて出られませんでした。落ちついて。もう、そんなに心配しなくても……」
その昔、カントナがクリスタル・パレス・サポーターの野次「カントナ失せろ。シャワーを浴びて帰れ」にぶち切れて、カンフーキックを客席に見舞ったことがある。4カ月の社会奉仕活動に1年弱の出場停止処分。「異常と呼ばれることに誇りを持っている」と迷言を吐いたカントナならではのアクションだったが、ナバーロはいたって普通のバレンシア青年だ。
この日、一番冷静だったのは、スタジアムに残されたインテル・サポーターたちだった。バレンシアの勝利を称え、静かなメスタージャには、照明が落ちるまで「バレンシア・コール」が響き渡ったのだった。