北京五輪的日報BACK NUMBER
塚田真希の涙。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2008/08/16 00:00
「勝たせてやりたかったね」
ミックスゾーン(引き上げてくる選手に取材する場所)にいた、とある記者がつぶやいた。同意の沈黙があたりを包む。
名勝負だった。
15日、柔道女子78kg超級決勝、塚田真希対トウ・ブン(中国)。
場内は、「トウ・ブン、加油!(チャヨ!=頑張れの意)」に揺れた。これほどの大声援を感じたのは、体操男子団体決勝以来だ。
決勝の入場を待つ塚田は、鬼のような表情に変わっていた。ふだんの優しい笑顔とはかけ離れていた。これまでのどの試合よりも凄まじい気合いに感じられた。
この一戦に懸けていたからだ。
相手は05、07年の世界選手権女王、塚田はともに敗れている。
その前の中国の代表だった選手にも勝てなかった。金メダルを得たアテネでは、中国の選手との対戦はなかった。
だから塚田にとって、打倒中国はアテネ以前から追い求めてきた目標だった。
この階級の中で図抜けたパワーをもち、今大会も大本命と見られていたトウ・ブンを倒すために、塚田は徹底的に対策を考えた。
パワーを封じるためには何が必要か。見つけた対策が、相手の奥襟を狙い続けること、そして恐れず前に出て、絶対に下がらないことだった。
そして練習に練習を重ねた。必死の思いでここまでたどりついた。
試合が始まると、声援は一段と大きくなった。主審の「待て!」の声が両者に届かないほどだ。
対策は功を奏した。トウ・ブンは思うように攻めに出られない。塚田の圧力と執拗に奥襟を狙う姿勢に手を焼いていた。
1分40秒を過ぎ、塚田が体を浴びせて有効を奪う。
残り2分近くとなり、塚田に指導が与えられた。
トウ・ブンは背負い投げを何度も仕掛けてくる。だが塚田は、そのたび必死に踏ん張った。
残り1分、塚田が気合いをさらに入れ直したかのように、足技を何度も繰り出す。闘争心と闘争心のぶつかりあいだ。
試合は残り8秒。
トウ・ブンが背負い投げを仕掛けた。塚田の体が浮いた。