カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:横浜「そろそろドイツへ向かうけれど……。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/06/02 00:00
4年前、日韓共催決勝の舞台となった日産スタジアムを
横浜ランドマークタワーから眺めたときに、
浮かんできたこれから始まるドイツ取材への思い──。
5月31日。日本がドイツに2−2で引き分けたのはその早朝で、僕は試合を見届け一眠りすると、横浜のランドマークタワーに出かけた。
思い起こせば、日韓共催のW杯が始まったのは、4年前のこの日だった。僕はソウルで行われた開幕戦を観戦するために、当日の朝イチ便で成田空港から仁川空港目指したのだが、その前日の30日夜には、自宅からほど近い距離にある国立競技場の外周を、自転車でグルッとひとっ走りしている。国立競技場は、長年日本サッカー界の中心地としての役割を果たしてきたメッカであり、聖地である。にもかかわらず、日韓共催W杯の会場から漏れた。開幕戦の前日、理不尽な仕打ちを受けたスタジアムに、僕はふと頭を下げたくなる衝動に駆られたのである。
それから4年後、僕がのこのこランドマークタワーに出かけていった理由は、極めて単純だ。その展望フロアで開催中の報道写真展「熱狂の足跡」に、僕の書いた原稿がパネルになって掲示されているからである(掲載されている写真は赤木真二さんの作品で、開催期間は6月25日まで)。
しかし、69階の展望フロアにのぼると、自分の書いた原稿や、写真より、圧倒的な眺望にまず目は奪われる。するとその時だった。来場者の発した一言が、僕の耳に飛び込んできたのは。「あっ、あんなところにスタジアムが見える!」。すかさず、声の主が見つめる方向に目をやれば、4年前の決勝戦の舞台が、くっきり姿を映し出していた。
正直言って、僕は横浜国際(日産スタジアム)が、あまり好きではない。ロケーションは悪いし、視角は悪いし、ピッチは遠いし……。いまや国立競技場に代わり、国内ナンバーワンスタジアムに就いている現実が、どうにも納得出来ないクチなのだが、この際、それはそれだった。4年前に大役を果たしたスタジアムが、妙に愛しく見えたことは確かである。何か無言のメッセージを発しているようにさえ見えた。瞬間、最敬礼したい気分に襲われた。その時、国立競技場の外周を自転車でグルッとひとっ走りした4年前の自分も思い出したというわけだ。
あれから4年が経過したわけだ。そして僕はこの週末、日本を発ってオランダ経由でドイツへ向かう。ランドマークタワーを訪れるタイミングは完璧だった。サッカーの神様に感謝を捧げるタイミングとしては。僕がサッカーというスポーツと楽しくお付き合いできている理由は、その存在なくして語れないのである。
とはいえいま、僕はドイツに向けて旅立ちたい気分より、もうしばらく日本にいたい気持ちの方が勝っている。日本がドイツに2−2で引き分けた試合を見させられても、本番モードは全開にならない。いま、日本は最高の季節を迎えている。真夜中に、ソファに横になって、力の抜けた音楽を聴いていると、時間よ止まれといいたくなるくらい快適な気分に襲われる。
そこでW杯の1ヶ月間を思うと、胸はきゅーんと苦しくなる。試合を見て、原稿を書いて、また次の会場を目指す取材旅行が、とても恐怖に感じられる。平均睡眠時間はせいぜい3時間。それを羨ましがる人に対しては、やれるもんならやってみれば!と、憎まれ口の一つも叩きたくなるのだけれど、それを喜々とした顔で、やれてしまう自分もまた簡単に想像できるわけで、それが恐怖を増幅させる原因になっている。後ろ髪を引かれる思いで半べそかいているのは成田空港まで。飛行機を降り、現地に到着すれば、人格は一変する。誰よりもテンションは高くなる。
その途中で舞い降りる、オランダに到着した時点で、弱気の虫はどこかに消えているに違いない。オランダ対オーストラリアを僕はロッテルダムで観戦取材する予定なのだけれど、そのピッチに目一杯ワクワクしながら、ピッチに目を凝らす自分を容易に想像できるから恐ろしい。
やっぱりですね、ワールドカップは、数ある旅の中でも最高のものなのです。忙しいから、慌ただしいから面白い。ジェットコースターにでも乗ったようなスリリングなドライブ感で、1ヶ月間を一気に突っ走る。その間、毎日異なる都市で、20数試合を観戦する身の毛もよだつ恐怖の旅が、もう間もなく始まろうとしている。ジェットコースターの座席はしっかり用意されている。悪い気分ではないのだけれど……