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From:アテネ「サッカー馬鹿の生き様。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/05/30 00:00

From:アテネ「サッカー馬鹿の生き様。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

チャンピオンズリーグ決勝の地には各国からサッカー馬鹿たちが集まっていた。

ピッチで繰り広げられる試合ももちろんおもしろいが、

現地で醸しだされているムードは、それ以上にスペクタクルに満ちている。

 アテネへの道のりは長い。僕は今回、日本からミラノ・マルペンサ空港経由で現地入りしたが、そこからでさえ2時間35分も掛かっている。そこは欧州とはいえ、普段、足繁く通う欧州とは、だいぶ離れた場所にある。2年前に舞台となった、イスタンブールと良い勝負ってわけだ。ちなみに、来季の決勝戦も遠い場所で行われる。モスクワだ。昨季こそパリという欧州のど真ん中に位置する場所で行われたが、UEFAは最近、チャンピオンズリーグのさらなる普及発展を考えてか、メジャー国から離れた場所で、決勝戦を開催する傾向がある。

 僕にとっては大歓迎だ。メジャー国で行えば、メディアの取材申請は必然、殺到する。うっかりしていると、記者席満員につきお断りなんてことになりかねない。決勝戦連続観戦記録が、途絶える可能性も出る。チャンピオンズリーグの肥大化とともに、記者の数も膨れあがり、いまや世界各地から殺到する時代だ。それはそれで結構なことだが、よく考えてみれば、恐ろしい話だ。たった1試合、観戦するために、はるばるアテネまで駆けつけるわけである。延長にもつれ込まなければ観戦時間はわずか90分。ハーフタイムや表彰式を入れても2時間半は掛からない。

 僕がもしサッカーにそれほど関心がなかったら「お願いします」と頭を下げられても、アテネには行かないだろう。これは、正真正銘のサッカー馬鹿にしかできない芸当だ。そう、まさに僕は、サッカー馬鹿コンテストに出場したような気持ちでアテネにやってきたのである。

 しかし、僕と同じ飛行機には日本人の観戦ツアー客も乗っていた。90分間に対して、30万円も払う彼らを見ると正直、負けた気分になる。僕も馬鹿だけれど、日本にそれ以上の馬鹿がいることを思い知らされる。僕が一般のファンなら、そこまでするだろうか。する、しない、する、しない……。1度や2度ならって気はするが。13度連続はあり得ないだろう。だからアテネの街を歩いていると、僕はこの仕事に就いた幸せを実感せずにはいられなくなる。

 投宿ホテルにほど近いシンタグマ広場は、リバプールの赤がギッシリと埋め尽くしていた。彼らはまさにお馬鹿さんで、試合の前日からビールをしこたま煽り、どんちゃんに明け暮れた。噴水の水溜りは、バスジェルを入れたバスタブのように、泡でブクブクになっていた。理由は分かりやすい。彼らがそこに、飲みかけのビールを次々に注いだからだ。

 広場の脇にあるトイレには、長蛇の列ができていた。膀胱が小さいからだろう。5歳ぐらいの少年はたまらず、一緒に並んでいた父親の元を離れ、塀に向かって立ち小便を始めた。その瞬間だった。背後からやってきた警官が、彼を取り押さえたのは。そして、小便もそこそこに(?)慌ててやってきた父親とともに、派出所へ連行されていった。少年の記憶から、この出来事が消えることはないだろう。僕はこの少年が、とても羨ましく思えた。わずか5歳にして、サッカー馬鹿のお墨付きをもらってしまったわけだから。

 日本からアテネを訪れたフツーの観光客は、この馬鹿騒ぎは何事かと、吃驚仰天したに違いない。チャンピオンズリーグ決勝ですと答えられても、なんのことかサッパリ分からないはずだ。へーと言って、首を傾げることしかできないだろう。

 観戦ツアーで訪れたサッカーファンだって、仰天したはずだ。話には聞いていたけれど……。30万円払ってきたことを後悔した人はいないだろう。

 なにを隠そう、僕も相変わらずその一人だ。何度訪れても、この馬鹿馬鹿しさがとびきり新鮮に感じられる。サッカー好きの変人見たさまずありき。それこそが最大の動機だ。ピッチ上の試合内容も、それはそれで興味深いが、舞台のムードはそれ以上。その匂い、音、圧倒的なスケール感には、スペクタクルの粋が凝縮されている。

 それに今回の場合は、旅情が加わる。アテネという街の遠さが、浪漫を目一杯、掻き立ててくれた。世の中が情報化社会になり、世界は近くなったと言われるが、現地にはそれとは対照的な、圧倒的なスペクタクルが溢れていた。遠い遠い場所で繰り広げられた夢物語。僕はまだそれに酔いしれている最中だ。

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