Column from Holland & Other CountriesBACK NUMBER
ファンデルファールト移籍の本当の理由。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byGetty Images/AFLO
posted2005/06/07 00:00
かつては“クライフを継ぐ男”と呼ばれたファンデルファールトが、アヤックスからハンブルガーSVに移籍することが決まった。契約金は5.5ミリオンユーロ(約7億7千万円)。交際を続けていたオランダのトップ女優、シルビー・メイスと結婚して、ふたりでハンブルクでの新しい生活をスタートさせることになる。
それにしても、なぜ彼はドイツの中堅クラブを選んだのだろうか。ハンブルクは今季ブンデスリーガで8位におわり、チャンピオンズリーグどころか、UEFAカップの出場権さえ得られなかったのだ。アヤックスの10番を背負い、2年前にはバルセロナやACミランからオファーが来た逸材には、ちょっと物足りない舞台に感じられる。
ヨハン・クライフは、“テレグラフ”紙のコラムで、こう書いた。
「いったい彼はハンブルクで何を求めているのか?そこで何を得られるのかがわからない。ファンデルファールトの決断は、本当に驚きであった」
驚いたのはクライフだけではない。オランダ中の人が、この移籍について納得することはできなかったのである。
いったいなぜハンブルクへ―――彼が移籍を決心した本当の理由は、ピッチの外にあった。
ファンデルファールトはドイツの新聞のインタビューで答えた。
「オランダのスタジアムで、自分と彼女に対して、本当にひどい野次が続いていた。もうそれに耐えることができなくなったんだ」
女優との交際が発覚して以来、ファンデルファールトへの周囲の目は一変してしまった。アウェーのスタジアムでは、こんな野次が定番になっていた。
「オマエの彼女は、アムステルダムからきた売春婦!」
さらにプライベートでは、オランダのパパラッチにつけまわされた。オランダという小国では、サッカー選手と女優というビッグカップルが暮らすには、あまりにも狭すぎた。とにかくオランダから逃げるために、ファンデルファールトは移籍に駆り立てられたのだった。
ただ、ハンブルクにも、ひとつメリットがある。ドイツは来年にW杯が控えており、もしハンブルクで活躍できれば、オランダ代表のファンバステン監督へのアピールとなる。実際、ボラルーズはハンブルクでのプレーが認められて、オランダ代表のDFに定着した。オランダ代表でレギュラーの座が危うくなっているファンデルファールトにとって、それが移籍への最後の後押しになった。
エリートは周囲の評価を気にし過ぎて、ときに環境を変えることに臆病になってしまうが、今回のファンデルファールトの移籍には間違いなく、彼の勇気と度胸が伴っていた。アヤックスのユースに13歳から所属して、常に高い評価を得た男が、ドイツの地方クラブに身を移した。もう、彼はエリートではない。
だが、だからこそ期待したい。エリートから雑草になれば、きっと何かが変る。