Column from GermanyBACK NUMBER
ブンデスに学ぶ人心掌握。
text by
安藤正純Masazumi Ando
photograph byBongarts/Getty Images/AFLO
posted2008/10/09 00:00
バイエルンがおかしい。6節終了時点で2勝2分2敗、リーグ9位という低迷ぶりだ。これほど酷い序盤戦は31年ぶり、6試合で失点10は5年ぶりの珍事である(昨季は19節目で記録した)。失点の内訳は、ロングシュートが3、FKが4。つまり最終ラインで持ちこたえる以前にやられているのだ。これはただ事ではない。5節のブレーメン戦では信じられないことに5連続失点を喫した。ホームで大量失点を食らったのは78年9月の4−5、76年10月の0−7などがある。1−4で負けた91年10月5日の試合では、直後に監督が解任された。
クリンスマン監督は最初の2試合を4バックでやって引き分けたことで、急きょ3バックへと変更を加えた。結果はベルリンとケルンに連勝、システム変更の成功を喜んだ。だが続くブレーメン戦での大敗が、ここまでのクリンスマン流を否定してしまう。
4バックに戻してもすぐには調子が戻らなかった。ハノーバー戦は0−1。そして7節ではエレベーターチームのボーフム相手にまさかのドロー。3−1とリードしておきながら、最後の7分間に2点を入れられたのだから、アリアンツアレーナはすさまじいブーイングの嵐に見舞われ、聞くに堪えない罵声が容赦なく浴びせられた。これにより最新順位は11位へと降下した。
怒りの矛先はクリンスマンに集中する。今のバイエルンは、FWとGKは別として、それ以外の8人のポジションがなかなか固定化されない。先発メンバーは毎試合変わっている。そのためデミケリス、ファン・ブイテン、ファン・ボメルはどこが本来の自分のポジションで、誰と守備のコンビを組むのかがハッキリしないのだ。「チャンピオンズリーグに備えてのローテーション制だから」と監督は説明するが、出場機会が減少したゼ・ロベルトもルシオも当然面白くない。リベリーが復帰してワリを食う選手も出ている。中堅とベテランが多いチームだが「“寄る”年波に勝てず」ではまだないだろう。
クリンスマンはもともと戦術の専門家ではない。06年W杯で不調のドイツを3位に押し上げたのは、戦術に詳しいレフという有能なアシスタントコーチと、選手のモチベーションを上げることでは天才的才能を持つクリンスマンの共同作業の賜物だった。
当初、マルチカルチャーに親しんできたクリンスマンだけに、多国籍軍団であるバイエルンをまとめるのは難しいミッションではないとみられた。それがそうならなかった原因はどこにあるのか? おそらくは、チームのあまりの劇的変化にまだ選手が対応できてないからではなかろうか。
一連の変化は、すべてクリンスマンのアイデアから出発した。例えば、精神的安定の一助になるからという理由で、クラブハウスのゲートに仏像を設置した。だがこれはルシオなど南米出身者が熱心なキリスト教徒ということでは意味をなさない。試合翌日の義務としたヨガも、リベリーとトニは拒否したままだ。アメリカ人のフィットネストレーナーはブレーメンとの試合前、アレーナの体育館で常識外のハードル走をさせて選手を呆れさせた。予想外のチームの不振に、クリンスマンと長年一緒にやってきたアシスタントコーチはすっかり意気消沈、口数がどんどん減っているという。
今のバイエルンを短期間で立て直す特効薬などない。ここはしばらく新しい文化に選手が慣れる時間が必要だ。またクリンスマンも代表チームとは違ったモチベーションで選手を刺激し、戦術を練っていかねばならない。
こうしてバイエルンが不調に喘ぐ一方で、北の代表格であるハンブルガーSVの躍進が目覚ましい。わがままな要求ばかりを突きつけていたものの、大黒柱であるファン・デル・ファールトがいなくなり、これからどうなるものかと心配されたが、大型補強がなかったのにも関わらず、HSVは5勝1分1敗で首位に立っている。
HSVの強みは、チーム力と信頼関係に集約される。FWオリッチ、MFヤロリームとツロコフスキ、DFラインハルトらのパフォーマンスが安定しているのは当然だが、鍵を握るのは何といってもヨル監督である。
冴えない現役時代を過ごした52歳で、見事なまでのメタボとハゲ頭。通しか知らないオランダの弱小チームを率い、トッテナムでの手腕を評価されて今季、 HSVの新監督に就任した。クリンスマンとの比較がちょっと可愛そうになるほど、両者の“華やか度”には大きな隔たりが存在する。
先日、地元紙が掲載した指導者研修時代のヨルの成績表を見たが、それに“拠る”とサッカー理論、実技、医学知識、チーム心理学、分析力、コミュニケーション及びマネジメントの6分野で、いずれも最高点である「1」を獲得したとある。当時の教師は「歴代で最も優秀な生徒だった」と振り返る。
6分野でいちばん重要なのは、ヨルによれば心理学だ。「自信とやる気がないままピッチに立っても結果はたかが知れてる。心の準備を万全にしておけば、100%の力を発揮できるものだ」は彼の揺るぎない信念である。
その体型から豪放磊落に映るヨルだが、FWペトリッチの獲得交渉では“夜”のレストランに本人を招待し、「君こそが私が欲しかった選手だ」と一言伝え、ペトリッチを虜にしてしまった。意外に細やかな神経の持ち主で、人の心をつかむのが上手いのである。レギュラー選手には先発に選ばなかった理由をキチンと説明し、別の場面では選手のやる気が爆発するのを待って、ここぞという時間帯でピッチへ送り出す。満を持してのプレーがどれだけゲームに影響を与えるか、心理の専門家ヨルは十分に分かっているのだ。
合理性を追求し改革の手を緩めようとしないクリンスマンは、ある意味で時代の最先端を歩んできている。クラブも彼の姿勢に追随した。彼らからしたら、親分肌のヨルは古いタイプなんだろう。あんな人情第一のサッカーなんてつまらないと軽蔑してくるかもしれない。
見方は色々あるが、チームを図る物差しは結局リーグ順位でしかない。欧州基準だとチャンピオンズリーグだ。というわけで好調を維持しながらもHSVとヨルの評価が固まるまでには、もう少し時間がかかることだろう。
ところでヨルだが、元バイエルンの選手だった。ちょうど30年前、1年間だけ在籍。出場試合数は9、ノーゴール。そんな地味な現役時代を送ったのである。辛い境遇にヨルがある日の“夜”、「おれもこのチームに、“よう、おる”よなぁ」と嘆いたかどうかは定かでない。