カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:千葉「千葉へ1日旅行。」 川島永嗣
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2007/02/20 00:00
「取材は旅」の感覚は海外ばかりのことではない。
代表合宿を行なっている稲毛海浜公園への取材も「旅」。
そう言えるに十分なことを思いつきでやってきた。
寝不足もなんのその。7時起床。シャワーを浴び、ヒゲを剃り、短髪をスパイキージェルで、つんつんに固めていると、携帯が鳴った。「いま首都高の外苑前の出口を出たところ。もうすぐ到着します」。知人カメラマンKからの連絡だ。本日、僕は彼のクルマの助手席に座り、少しばかり遠出をする。
なにを隠そう、僕には運転免許はあるが、クルマがない。ペーパードライバー歴は長い。ドライブでは常に助手席に座る。自分で言うのも気が引けるが、ナビゲーター役も上手い。かなり。特技の一つだとさえ言える。幸いKのクルマに、カーナビは搭載されていない。知られざる能力を発揮するチャンスに恵まれたわけだ。
目指すは稲毛海浜公園。Kはグーグルから引っ張ってきた地図を僕に手渡しながら、ざっくり「東関東自動車道の“湾岸千葉”を降りて……」と説明した。しかし、首都高から東関東自動車道に入っても、湾岸千葉の表示は現れない。幕張を過ぎ、そろそろかなと思っても目に入らない。そうこうしていると、クルマは京葉道路と合流する宮城野ジャンクションを通過した。
変だと気付いた2人は次の“千葉北”で下車。「下道」で目的地を目指すことにした。料金所のおじさんはこういった。「湾岸千葉は入口だけ。出口はない。習志野インターで降りなきゃダメだ」。確か“三軒茶屋”もそうだった気がするが、そこまで詳しい情報を載せた地図を探すのは大変だ。つまり道路標識は、不親切だという話になる。
だからといって、イラつかされたわけではない。ナビ自慢にとって下道を走ることほど興味をそそられることはない。知らない土地となればなおさらだ。気分は妙にワクワクする。旅情はそそられるというわけだ。
僕がサッカー取材を続ける理由もそこにある。現場は概して近場にない。大袈裟に言えば、自宅から徒歩数分の距離にある国立競技場に行く以外、すべて旅。サッカー観戦プラスアルファの魅力がたっぷり詰まっている。少なくとも僕の場合「オタク度」は、限りなくゼロに近い。
「すき屋」で朝飯を食べると、僕たちは稲毛海浜公園に滑り込んだ。本日始まったオシムジャパンの合宿風景を取材見学するために。
その一角にある球技場に到着すれば、ピッチを囲む報道陣の黒山の人だかりが目に飛び込んだ。朝早くから、こんな遠いところまで、みんな良く来るものだ。感心せずにはいられない。僕もその一人なのだけれど、なぜか僕はいつでも野次馬っぽい。その真ん中で、デンと構えたくない性格だ。居心地は良いような悪いような……。
ピッチの上には川島永嗣がいた。川崎フロンターレに移籍したばかりのGKだ。古巣の名古屋グランパス時代はサブ。正GK楢崎正剛の陰に甘んじていた。Jリーグでプレイしていない選手が、代表合宿に招集された例は、過去にどれほどあっただろうか。流通経済大のGK林彰洋も話題性満点ながら、僕には川島の方がミステリアスな存在に見えた。
昨年末、トヨタスポーツセンターに名古屋グランパスの練習を見学に行った時の話だ。川島は紅白戦で、センターフォワードを務めていた。遊び半分ではない試合で、彼はそれなりのFWプレイを見せていた。本職のCFより上手そうに見えるくらいだった。少なくとも、アスリートとしての能力の高さはハッキリとうかがい知れた。ある関係者は小声でこう囁いた。「移籍が決まれば、直ぐにでも代表に呼ばれるだろう。楢崎より……」。話半分に聞いていたその時の台詞を、僕はふと思い出した。
10時スタートの午前中の練習は、2時間弱で終了。午後練は夕方の5時からで、流通経済大、筑波大と45分ハーフの練習試合を2本行うのだという。
ということは、時間が5時間も空くことになる。夕方から飲み会の予定があるカメラマンKは、東京に戻るという。僕はどうするか。何の予定もないヒマ人だ。というわけで、Kに海浜幕張駅まで送ってもらうと、駅前にあるシネコンに入った。映画を見て時間を潰そうと思い立ったのだ。最近は邦画が人気なのだという。だからではないが、その時、タイミング良く始まった「バブルへGO!」を見ることにした。
広末涼子は普通に好きだが、薬師丸ひろ子はもう少し好き。あの丸顔には、なぜか人をホットさせる魅力がある。そして阿部寛。なにを隠そう3人の中では、この人が最も好きだ。役者としてプロっぽいからだ。
良い意味での馬鹿馬鹿しさに家族愛が絡み合うストーリー展開も上々。すっかり映画の魅力に取り憑かれた僕は、立て続けにもう1本、邦画を鑑賞することにした。
「それでも僕はやっていない」は、考えさせられる映画だった。僕が「彼」だったらどうするか。そんな思いでずっとスクリーンを見ていたら最後に「控訴!」と彼は吠えた。拍手を送りたい気分だった。
もっとも僕には、大学時代、山手線の車内で痴女に襲われた経験がある。満員度は50%ほど。にもかかわらず痴女は僕を襲ってきた。声を上げることさえできなかった。吃驚仰天。全く無抵抗だった自分自身にも吃驚した。車内にいた他の乗客が、誰も騒がなかったことも驚き。皆がみんな、見て見ぬフリを決め込んだ。これまでの人生の中で最も奇っ怪な体験かもしれない。
それはともかく「それでも僕は……」を見終えると、時計は6時を指していた。試合のスタート時刻を1時間もオーバーしていた。覚悟の上だったとはいえ、僕は焦った。すかさず、タクシーを拾い稲毛海浜公園に直行した。
流通経済大との試合は、後半のなかばを回っていた。「何やってんだ、お前は!」。「不真面目きわまりない、有罪だ!」。「オシムジャパンを論じる資格など、お前にはない!」と、真摯なサッカーファンは、お叱りになるだろう。でもそれこそが、僕的なサッカー観戦方法に他ならない。これは事実。サッカー観戦の旅は、サッカーだけじゃあ、つまらない。
それはともかく、2試合目の対筑波大戦の後半途中から出場した藤本淳吾は良かったと思う。新顔ということで、出場時間は誰よりも少なかったが、インパクトは誰よりも強かった。たぶん「彼」は残るに違いない。
チームとしての問題は、抑揚に欠ける点だ。単調でタメがない。サイドから攻めたいのなら、なぜもっとサイドチェンジを有効に使わないのか。おっとシマった。遅刻した日ぐらいは、文句を言うのは辞めておこう。
それにしても、長くて楽しい充実した一日だったなー、本日は。