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レッズに魅せられた男たち。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
posted2004/12/16 00:41
浦和駅西口を出て、ちょっと行って曲がって、またちょっと行ったところに〈酒蔵力〉はある。力、と書いてリキと読む。遠方からも客が来る、知る人ぞ知るレッズ酒場である。
店長の五十畑俊介によると、“縁起”は日本リーグ時代まで遡るらしい。
「以前、カウンターだけの小さな店だったとき、三菱を応援してた方と前の店長が仲良くなって、それ以来なんですよ。レッズは弱いもんだから、せめて勝った日くらいビールでも出そうってことにしたら、ファンがたくさん来るようになって」
'98年に、この店で働きはじめた五十畑には、奇妙なことがいくつもあった。なんでお客さんの多くが赤と黒を着てるんだ?― レッズって何なんだ?-ルル?-ギド?-チキ?-それにしても、なんでああまでして喜んだり悲しんだりしてるんだ?
「サッカーのサの字も、レッズのレの字も知らんかったですわ。お客さんが何を喋ってるのかまるでわかんなくて、ただただ凄いなあと」
大の大人たちが子どものように、レッズというチームに熱を上げている。その有り様は滑稽であり、美しくもあった。何かに打ち込んでいる人の姿は、ときに滑稽に映るものだ。
「駒場で試合があるときは、常連さんは試合が終わって15分くらいすると店に来るんです。それがある日、ずいぶん遅い時間にやって来て、こう言うんですわ。バスかこんでたから遅れたって」
バスが混んだから、遅れたのではない。彼らは、バスを囲んでいたのだった。選手のバスを。
「だらしない試合をしたっていうんで、怒ってバスを囲んで、選手を帰さなかったんだって。レッズじゃ当たり前らしくって」
いくらチームが負けても、負け慣れなかった人々がいる。だからこそ、レッズは強くなった。力はそんな人々にとっての心の砦でもあった。
年齢や職業、性別といったつまらない垣根など、力にはない。酒と馬刺しと浦和レッズが、すべての人々の心を結びつけている。
「レッズになると、みんな一緒くたになるよねえ。お年寄りが若い格好して、浦和レッズ浦和レッズって言ってんだ。羨ましいよね、歳とっても追いかけるものがあるってさ」
串焼きを頬張る小僧がいて、女子高生たちと一緒になって手拍子を叩いている老夫婦がいる。騒々しいが、素敵な光景だった。
店が忙しくて、五十畑は3回ほどしか生で試合を見たことがない。だが、愛さずにはいられない人々と過ごすうちに、いつしか彼も真っ赤に染まっていた。FC東京に敗れたナビスコカップの決勝では、泣き出す女の子たちの姿に心を打たれて、知らず知らずのうちに涙していた。
先日は柏レイソルのファンに、「店長、4対0はやり過ぎだろ。2点くらいで勘弁してよ」と泣きつかれた。
「俺に言われたってねえ……」
五十畑は苦笑した。誇らしげに苦笑した。
(文:熊崎敬)
選手でもなく、サポーターでもなく。
サッカー経験はないし、興味もそれほど強くはない。けれども、レッズの「現場」でシーズンのほとんどを過ごす人がいる。
藤田久さんは、チームが警備を委託するSPDの警備員としてほぼ毎日、駐車場、クラブハウス、練習場の間の選手の移動を見守る。熱心な仕事ぶりからついたニックネームは「隊長」だ。
今年でこの生活は2年めになる。日々のなかで、選手の様々な表情を目にしてきた。エメルソンは、車内の音楽でその日の機嫌がすぐに分かる。ハイテンションなら「オー、トモダチ! 元気?― 調子どう?― お互い頑張ろうね」と声をかけてくる。すべて日本語だ。
三都主の粋なファンサービスも目にした。レッズでは練習後に各選手がサインを書き込んだポストカードをファンに配ることがある。その中に、1枚だけ金色のペンで書いたものを忍ばせる。それを引いた人は「当たり」。その場でシューズをプレゼントしたことがあった。
闘莉王は大勢の前では「フジタ、おまえをいつか殺す」とからかうが、2人きりになると素の表情で「ありがとう」と感謝の言葉を述べたりする。一度は、練習後のファンサービスのリクエストがちょっとだけ長引いた時だった。そんな時、さりげなく断りを入れるのも彼の仕事なのだ。
「プロの選手は、周囲の応援があってこそのものだと僕も思っています。でも、どうしても疲れや、気持ちがのらないときがある。その日の選手の表情や、試合の日程を見て判断させてもらってます」
選手だけでなく、練習場を訪れるサポーターともやりとりがある。手持ちのユニフォームにサインをせがむ人がいれば、袖口を持って、生地がぴんと張るように手を貸す。「書き込みやすいように」という心遣いだ。だけど、次の瞬間にはスナップショットに入らないようにその場を動くことを促されたりする。
そんな中、今シーズン藤田さんが驚いた出来事があった。9月にMF山瀬功治がケガをしてすぐのことだ。
「練習場で『本人に渡して』と千羽鶴を10個受け取ったんです。かなりのボリュームでしたよ!― 浦和では折り紙が売り切れたと聞いています」
だが、藤田さんは受け取った山瀬の表情を見ることはない。クラブ関係者にそれを渡す。そこで役割はおわりなのだ。
警備員としての本分があるからと、チームや選手には肩入れしない。「サポーターがすでに言っているから」と、自らは決して選手に「頑張って」と声をかけないことにしている。
それでも、近頃は自分もレッズの一員だと思えてきた。今年から制服が「警備員としては、本来なら恥ずかしい」赤に変わった。左胸には、選手と同じチームエンブレムが入っている。
最近、ようやく選手の顔と名前が一致しはじめた。テレビにいつも見る顔が出ていると、ちょっと嬉しくなるのだという。
(文:吉崎英治)